播種

清水鱗造



* 種が堅いから 人面が再生産される 泥土に残るクルミの一粒 もし死なずば クルミが生え そして 周りの虹や汚穢はわからない 蟻の周期 その季節は線形に近づき 行動は線に近づく そんなのどかな花園 その 奥の底 吐き気のする虹や きれいな汚穢を 見た眼球が 古井戸に すーっと 落ちていく * 人面に 鼻や目や口はない 面白いキャンバス へのへのもへじを 描いてみる 白い 人面キャンバスに 葱をいっぱい 植えてみよう * 坊主 いちめんの 坊主 袈裟を来た 緑の葱坊主 秋も来たねえ 動脈の鍵でも 開けてみようか かちっ 血管から出た細長い虫が 雲のほうに伸びていった * 裸 全面的に裸 もう毛しか生えてはいない 鏡の前で身悶えして 身悶えして すっくと立って 敷布を首に巻き 真っ赤なシーツをひるがえし ぼくは立派な渋谷マン ぼーくは立派な渋谷マン * あれ 林檎 食っちゃった 皿に残るシード そのシード もし台所に残れば 腐った生ごみの間で芽を出し しかし 芽も腐り 林檎はそこで終わり でもシードの 霊は 鋏や包丁 霧吹きや 乾麺に 憑く 丸い霊が 居間にまで 飛んで 結局種だった * 鼻や目や口の飛ぶ 花園 白い人面キャンバスだけが 茎の間に 看板のように そこここに立ち 僕はもう知らない 顔を圧する虹が 津波の汚穢が すでに 僕の範囲の外にあること だけは わかるのだが 僕が立ち そして歩くことは 知っているのだが 帳簿をつけるように そのひとつひとつの数を 書きとどめることしか 知らない ちょうどいま小さな口が僕の掌に埋没した

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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