泣いたっていいだろ。

田中宏輔



あべこべにくっついてる 本のカバー、そのままにして読んでた、ズボラなぼく。 ぼくの手には蹼(みずかき)があった。 でも、読んだら、ちゃんと、なおしとくよ。 だから、テレフォン・セックスはやめてね。 だって、めんどくさいんだもん。 うつくしい音楽をありがとう。 ヤだったら、途中で降りたっていいんだろ。 なんだったら、頭でも殴ってやろうか。 こないだもらったゴムの木から 羽虫が一匹、飛び下りた。 ブチュって、本に挾んでやった。 開いて見つめる、その眼差しに 葉むらの影が、虎斑(とらふ)に落ちて揺れている。 ねえ、まだ? ぼくんちのカメはかしこいよ。 そいで、そいつが教えてくれたんだけど。 一をほどくと、二になる。 二を結ぶと、0になるって。 だから、一と0は同じなんだね。 (二(に)って、=(イコール)と、うりふたつ、そっくりだもんね) ねっ、ねっ、催眠術の掛け合いっこしない? こないだ、テレビでやってたよ。 ぼくも、さわろかな。 そうだ、いつか、言ってたよね。 ふたつにひとつ。ふたつはひとつ。 みんな大人になるって。 中国の人口って14億なんだってね。 世界中に散らばった人たちも入れると 三人に一人が中国人ってことになる。 でも、よかった。 きみとぼくとで、二人だもんね。 ねえ、おぼえてる? 言葉じゃないだろ! って、 好きだったら、抱けよ! って、 ぼくに背中を見せて、 きみが、ぼくに言った言葉。 付き合いはじめの頃だったよね。 ひと眼差しごとに、キッスしてたのは。 ぼくのこと、天使みたいだって言ってたよね。 昔は、やさしかったのにぃ。 ぼくが帰るとき、 いつも停留所ひとつ抜かして送ってくれた。 バスがくるまでベンチに腰掛けて。 ぼくの手を握る、きみの手のぬくもりを いまでも、ぼくは、思い出すことができる。 付き合いはじめの頃だったけど。 ぼくたち、よく、近くの神社に行ったよね。 そいで、星が雲に隠れるよりはやく ぼくたちは星から隠れたよね。 葉っぱという葉っぱ、 人差し指でつついてく。 手あたりしだい。 見境なし。 楽しい。 って、 あっ、いまイッタ? 違う? じゃ、何て言ったの? 雨? ほんとだ。 さっきまで、晴れてたのに。 そこにあった空が嘘ついてた。 兎に角、兎も角、 と 志賀直哉はよく書きつけた。 降れば土砂降り。 雨と降る雨。

『陽の埋葬・先駆形』


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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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