死んだ子が悪い。

田中宏輔



こんなタイトルで書こうと思うんだけど、って、ぼくが言ったら、 恋人が、ぼくの目を見つめながら、ぼそっと、 反感買うね。 先駆形は、だいたい、いつも タイトルを先に決めてから書き出すんだけど、 あとで変えることもある。 マタイによる福音書・第27章。 死んだ妹が、ぼくのことを思い出すと、 砂場の砂が、つぎつぎと、ぼくの手足を吐き出していく。 (胴体はない) ずっと。 (胴体はない) 思い出されるたびに、ぼくは引き戻される。 もとの姿に戻る。 (胴体はない) ほら、見てごらん。 人であったときの記憶が ぼくの手と足を、ジャングルジムに登らせていく。 (胴体はない) それも、また、一つの物語ではなかったか。 やがて、日が暮れて、 帰ろうと言っても帰らない。 ぼくと、ぼくの 手と足の数が増えていく。 (胴体はない) 校庭の隅にある鉄棒の、その下陰の、蟻と、蟻の、蟻の群れ。 それも、また、ひとすじの、生きてかよう道なのか。 (胴体はない) 電話が入った。 歌人で、親友の<林和清>からだ。 ぼくの一番大切な友だちだ。 いつも、ぼくの詩を面白いと言って、励ましてくれる。 きっと悪意よ、そうに違いないわ。 新年のあいさつだという。 ことしもよろしく、と言うので よろしくするのよ、と言った。 あとで、 留守録に一分間の沈黙。 いない時間をみはからって、かけてあげる。 うん。 あっ、 でも、 もちろん、ぼくだって、普通の電話をすることもある。 面白いことを思いついたら、まっさきに教えてあげる。 牛は牛づら、馬は馬づらってのはどう? 何だ、それ? これ? ラルースの『世界ことわざ名言辞典』ってので、読んだのよ。 「牛は牛づれ、馬は馬づれ」っての。 でね、 それで、アタシ、思いついたのよ。 ダメ? ダメかしら? そうよ。 牛は牛の顔してるし、馬は馬の顔してるわ。 あたりまえのことよ。 でもね、 あたりまえのことでも、面白いのよ。 アタシには。 う〜ん。 いつのまにか、ぼくから、アタシになってるワ。 ワ! (胴体はない) 「オレ、アツスケのことが心配や。 アツスケだますの、簡単やもんな。 ほんま、アツスケって、数字に弱いしな。 数字見たら、すぐに信じよるもんな。 何パーセントが、これこれです。 ちゅうたら、 母集団の数も知らんのに すぐに信じよるもんな。 高校じゃ、数学教えとるくせに。」 「それに、こないなとこで 中途半端な二段落としにする、っちゅうのは まだ、形を信じとる、っちゅうわけや。 しょうもない。 ろくでもあらへんやっちゃ。 それに、こないに、ぎょうさん、 ぱっぱり、つめ込み過ぎっちゅうんちゃうん?」 ぱっぱり、そうかしら。 「ぱっぱり、そうなのじゃあ!」 現状認識できてませ〜ん。 潮溜まりに、ひたぬくもる、ヨカナーンの首。 (胴体はない) 棒をのんだヒキガエルが死んでいる。 (胴体はない) 醒めたまま死ね! (胴体はない) 醒めたまま死ね!

『陽の埋葬・先駆形』


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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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