連続エッセイ・解酲子飲食1
江ノ島のサザエ

倉田良成



 結婚する前にいまの女房と江ノ島に行ったことがある。島と陸地とをつなぐ、いずれ江ノ島大橋とでもいうのだろうが、そこを歩いていたら橋の脇に小さな舟の発着所があったので、舟に乗って江ノ島の裏側に回った。岩肌に沿った階段をはい上がるようにしてのぼると、何軒かある茶屋のなかに、「絶景」とでも呼びたい眺望を持つたー軒があったのでそこに入った。「江ノ島とくれば」、「サザエでしょう」。彼女と漫才のように注文したサザエがなかなか出てこない。聞けばおじさんが帰るまで待ってほしいという。すこししたら濡れた漁網を重そうに提げたじいさんがやってきて、やっとサザエのご登場となったわけだがそれはわれわれの予想を軽く超克したものだった。知っているサザエの味は少し重くて苦いはずなのに、いま目の前の海から獲ってきたそれはキモからして甘くて軽い。まったく初めての鮮烈な海の匂いがした。以来わが家では「サザエは江ノ島にかぎる」。

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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