翻訳詩
ウィリアム・ブレイク 『無垢と経験のうた』―人間の相反する二つの精神状態を示す─ 連載第三回

訳 長尾高弘



(承前)

 迷子になった女の子

預言者である私には見える。
将来
地は眠りから
(この文字を深く刻み込め)

目覚め、彼女の穏やかな
造り主を探し求める。
そして不毛の荒野は
穏やかな庭園になるだろう。
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強い夏が
決して衰えを見せない
南の国で
かわいいライカが横になっている。

七つの夏を数えた
かわいいライカ。
怖い鳥の声をききながら
長い間歩いてきた。

この木のしたにきたら
眠くなってうとうとしだしたの。
お父さんとお母さんが泣いている--
ライカはどこで寝ているんだろう。

不毛の荒野で道に迷ったのは
お父さんとお母さんの子。
お母さんが泣いているのに、
どうしてライカが眠れるでしょう。

お母さんの心が痛んでいるなら、
ライカを起こしてください。
お母さんが眠っているなら、
ライカは泣かないわ。

まぶしい荒野を覆い隠す
不機嫌で暗い夜。お願いだから
私が目を閉じている間、
月を上らせていて。

ライカが横になって眠っていると、
深い洞穴から
猛獣たちが出てきて、
眠っている娘を見た。

獅子の王が立ち
少女を見下ろした、
そして聖別された地で
踊りまわった。

横になっている彼女のまわりで
豹や虎もはしゃぎまわった。
年老いた獅子は
黄金の鬣をかがめ、

彼女の胸をなめ
首のまわりをなめた。
獅子の燃える目から
ルビーの涙が流れ落ちた。

獅子の女王は娘の
粗末な衣装を脱がせ、
裸にして、眠っている娘を
自分たちの洞穴に運んでいった。


 見つかった女の子

ライカの二親は
目を泣きはらして、
夜通し深い谷を進んだ。
荒野は泣いていた。

歎きのあまり疲れはてやつれはて、
声は枯れはてた。
手に手をとって七日間、
二人は砂漠の道をたどった。

深い影のもとで、
七夜を過ごし夢を見た。
二人の娘は荒れ果てた砂漠で
おなかをすかせていた。

夢に現れた娘の幻は
道なき道をさまよい、
飢え、泣き、弱り、
あわれな声で叫んでいた。

女は身震いして
休まらぬままに起き上がった。
悲しみに疲れ果てた足では
もう一歩も先に進めなかった。

悲しみに震える女を
男は両腕で抱きかかえた。
ふと気が付くと
目の前に獅子が横たわっていた。

戻ろうとしてももう遅い。
重々しい鬣に気おされて
二人は地にひれ伏した。
獅子は餌食のにおいをかぎながら

二人のまわりを歩きまわった。
しかし獅子が二人の手をなめたとき
二人の恐怖はやわらいだ。
獅子はただ静かに立っていた。

二人は深い驚きに満たされて
獅子の目を見上げた。
金色に輝く精霊を
不思議な思いで眺めた。

獅子の頭には冠
肩には流れる
金の鬣。
二人の怖れは完全に消えた。

獅子は言った。私についてきなさい。
娘のために泣く必要はない。
ライカは私の宮殿の奥深くで
ぐっすり眠っている。

そして二人は
ビジョンが導くままに従った。
荒々しい虎に囲まれて
娘が眠っているのを見た。

彼らは今も
寂しい谷間に住んでいる。
狼の吠える声にも
獅子のうなる声にも恐れることなく。


 煙突掃除の少年

雪のなかに小さな黒いもの。
悲しい調べでそうじ、そうじと叫んでいる!
お父さんやお母さんはどこにいるんだ? え?
二人はお祈りのために教会へ。

荒野で幸せそうにしていたから、
寒い雪のなかで笑っていたから、
二人は死の衣装で子どもの身をくるみ、
悲しい調べのうたを教えた。

子どもがうたって踊って幸せそうだから
二人は我が子を傷つけたなんて思っていない
そして神と司祭と王を称えに行った
我らの悲惨から天国を作った者たちを称えに


 乳母のうた

子どもたちの声が緑に響き
ささやきが谷をうめつくすとき、
若き日の思い出が鮮やかに蘇り
私のほほは妬みに青ざめる。

日は沈んだ、夜露も浮かぶ
子どもたち帰っておいで。
遊んでいるうちに春も昼も消え失せる
冬と夜は偽りのうちに費やされる。


 病める薔薇

おお、薔薇よ、病める美。
嵐の夜、うなる風に
飛ばされてきた
目に見えない虫が

お前の深紅の歓びに酔い
住みついてしまった。
彼の暗いひそかな愛が
お前の命を確実に奪う。


 蝿

なあ、蝿よ
今、おれの手は
何も考えずにお前の夏の歓びを
吹き払っちまったが、

おれはおまえのような
蝿なのではなかろうか?
おまえはおれのような
人間なのではなかろうか?

おれが歌って踊って
酒を飲んでいられるのも、
目の見えない何者かの手が
おれの羽を引っこ抜くまでのことさ。

思考が生命で
息で強さなのだとすれば、
思考が足りないのは
死んでるってことなら、

それじゃおれは
幸せな蝿になろう。
生きているなら、
死んじまうなら。


 天使

私は夢を夢見た! それに何の意味があろうか?
私は処女の女王で
優しい天使に守られていたが
愚かな悩みは決していやされなかった!

そして私は夜も昼も泣いた
天使は私の涙をぬぐってくれた
それでも私は泣き続けた
私の心の歓びは閉ざされてしまった

天使は羽をつけて逃げていった。
そして赤い薔薇のように真っ赤な朝。
私は涙をぬぐい、万の槍と盾で
怖れを守り固めた。

天使はすぐに帰ってきたが、
私の守りは固く、入ってこれなかった。
若き日は逃れ去り
髪は灰色になっていた。


 虎

虎。それは夜の深い森に
燃え輝くシンメトリ。
この恐怖のかたちをあえて作った
不死の手、不死の眼はいかなる存在なのか?

虎の眼が焼き焦がした深さ
空の高さはどこまで果てしないのか?
神はどんな翼で天にかけ上がり
どんな手でその火をつかんできたのか?

力強い心臓を支えるのは
どんな肩、どんなわざなのか?
その心臓が鼓動を刻みだしたとき
四肢がかくも恐ろしく躍動するのはなぜなのか?

鋭い頭のかたちを鍛えたのは、どんな槌、どんな鎖
どんなかまどとどんな鉄床なのか?
恐ろしい形をあえてつかんだその手より
恐ろしいものはいったいあるのだろうか?

星々が輝く槍の雨を降らせ
涙で天をあふれさせたとき
神はそれを見て満足の笑みをもらしたのか?
この恐怖を作った神は本当に羊を作った神なのだろうか?

虎。それは夜の深い森に
燃え輝くシンメトリ。
この恐怖のかたちをあえて作った
不死の手、不死の眼はいかなる存在なのか?


 私のかわいい薔薇の木

花をあげようというのだった。
五月さえも生み出せない素敵な花、
しかしかわいい薔薇の木がありますから
と言ってその花はやり過ごしたのだ。

そして私のかわいい薔薇の木に向かい、
昼となく夜となくかわいがった。
しかし薔薇はやきもちやいてそっぽを向いた。
私の歓びときたら彼女のとげばかり。


 ああ、ひまわりよ

ああ、時に倦んだひまわりよ!
旅人が旅を終える
甘い黄金の土地を求めて、
日の歩みを数えるもの。

望みを奪われた若者と
雪に覆われた乙女が
墓場からふらふらと立ち上がるところ。
お前はそんなところに行きたいのか。

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