節分 ――腐蝕画――

荒川みや子



2  われわれの前をゆく橇を倒せ。この間から私の行く手 にある この雪のにおい。雪を運ぶモノ達がしくんだ夜 の満月だ。私は、都市の中でビーカの中の兎の息。横隔 膜のまわりにうすくたよりなくただよう霧の中の草。そ れらを選り分け、すくい、軒下で豆を煎る。娘は、毬を かかえ動きだす。男はフライパンを並べてガタガタござ をひいている。昼は単純なだいだいいろに曇っていた。 今度、私たちの家族に大金がころがりこんだら、この家 にたちこめる うすぎたないモノをみんな追い払って。 団扇でおもいっきり追い出して。かわりに、水色の春風 で迎えようか。ひじき(いいぞ)、れんこん(よし)、 水菜(グッド)、さといも(OK!)、豆腐(ナイス)、 なんぞ呼び込んで、楽しくゆこうではないか。鬼の面そ うだが、五体満足でなっとくがいく。雪の原でさんざん ひえきった、心底つめたい我身をかかえ、豆といっしょ に食べようではないか。今、始まったところ。と、声が 届いた。春に近い声ではない。家のまえのはずれた閂の 音だ。春は不器用にしまってある。

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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