葛西



水族館。 あの、魚のいるところ。 初めて水族館に連れて行ってもらったのは、 八歳か九歳の頃、 場所は油壺か阿字ヶ浦だった。 本物の水族館に来たというだけで、 ひどくうれしかったことを覚えているが、 それ以外何も覚えていない。 その頃、この葛西の水族館のあたりは海だったはずだ。 最後に水族館に行ってから二〇年はたっただろう。 久しぶりに水族館に来られたのは、 子供というものを持ったせいだ。 ナオキくんはまだ一歳半だから、 水族館に来て何を思ったのかを、 言葉では説明してくれない。 ただ、 水と空気を垂直に隔てる大ガラスに手と顔を張り付けてはいる。 (立体メガネで見るオーストラリアの海の映画には全然興味を示さなかったくせに) この水族館は、 小さな水槽に珍しい魚を泳がせているだけではなく、 大人の背丈の倍以上ある深くて大きい水槽に、 マグロとカツオの群れを泳がせているのが取り柄だ。 互いにぶつかり合うことなく泳いでいるのだから、 (それどころか群れとしての調和の取れた動きを作っている) 彼らの目は見ているはずだが、 何を見ているのかは想像がつかない。 マグロの目は動かない。 外から驚かせてみても、 まったく反応しないようである。 (ガラスを叩いたくらいでは驚かないのかもしれないが) 建物の外に出ると東京湾が見える。 舞浜のホテル群の方から赤トンボ。 ほら、これが赤トンボだよと言っても、 短い坂を上ったり下りたりして喜んでいる ナオキくんは足元ばかり見ている。


(C) Copyright, 1998 NAGAO, Takahiro
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