コーヒーのいれ方



コーヒーをいれるには、 できれば一人分ではなく、二、三人分。 まず、紙の臭いを消すために 濾紙に湯を通す。 (水じゃ臭いが消えない) 冷凍庫に保存しておいた豆は荒く挽く。 (細かく挽くとゴミが落ちるからね) ドリッパーに豆を入れたら、 沸騰する寸前の湯を少しずつ注ぎ、 全体を湿らせて三十秒から一分間そのままの状態に。 (ぷっとふくらませてコーヒーの匂いを引き出すのだ) そして豆が上下に渦を巻かないように注意しながら、 ドリッパーの上のふちまで静かにまんべんなく湯を注ぐ。 そのあとも湯の表面がドリッパーの上のふちから下がらないように、 (これもゴミを落とさないようにするため) 少しずつ少しずつ湯を足さなければならない。 最後に、 湯をいっぱいにしたまま、 ドリッパーを外すんだ。 もったいないとか言うなよ。 うまいコーヒーを飲みたければ、 中途半端はだめだ。 Kはステロタイプな「活動家」を演技できる男だった。 それを知らない相手にはきっと恐かったことだろう。 (わかってもらいたい相手じゃなかったけどな) 論理的にもヘマはあまりやらなかったが、 何よりも物理的に恐かったはずである。 Kとは一年間毎日顔をつきあわせていたが、 彼が先に卒業して以来一度も会わなかった。 会わなくなって十年後、 Kが死んだということを人伝てに聞いた。 そのとき、Kのことで具体的にはっきりと覚えていることが Kから教わったコーヒーのいれ方だけだということに気付いた。 十年間、 コーヒーをいれるときにはいつもこのレシピに従ってきたのである。 (一人でも二、三人分) Kが死ななくても、 おそらくKとは二度と会わなかっただろう。 しかし、Kが死んでから、 コーヒーをいれるたびに、 これはKに教わったんだということを以前よりも少し余計に思い出す。 きっと輪郭がはっきり見えるようになったのだ、過去のこととして。 私はKを自分のなかで完結させた。 Kには悪いが、その分、 私は少し身軽になったのである。


(C) Copyright, 1998 NAGAO, Takahiro
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