本当のこと



会社も仕事納めということで、 夕方から一杯やることになり、 最初こそ不景気な一年にふさわしく話題も湿っぽかったが、 アルコールが回るにつれて饒舌になり、 おれにはこんなにしゃべることがあったっけと思うほど 喋っているうちに、 「お前は正しいことを言う、本当に正しいことを言うが、 そういうことは言わない方がよい。 友達をなくすぞ」 とHに言われ、 一応最初にこちらを立ててくれた分、少し救われたものの、 心あたりがあったもので非常に動転し、 あわててその場を取り繕ったが、 (確かHには前にも同じことを言われたような気がする) 一体自分がどういう正しいことを言ったのか、 あとになってみると思い出せない。 気になってあれこれ考えているうちに、 別のことを思い出した。 子供の頃、私は母に叱られるたびに 猛反発していて(よくあることだ)、 そのたびに母は、自分はお前のためにいやいや 叱っているのであって、好きで叱っているのではないと まくしたて、いつもはその辺で私も鉾を収めていたのだが、 あるとき、どうしても収まらなくて、 うそだ、本当は感情を爆発させているくせに、と言い返し、 母の怒りの炎に油を注いだのであった。 実は、素朴な疑問をぶつけてみただけのことだったのだが、 三つ子の魂にはいつまでも悩まされるものである。


(C) Copyright, 1998 NAGAO, Takahiro
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