夜の海から



一晩じゅう、きみが出てくるのを待っていた。 普段はそんな気分にはなれないものだが、 その日は、 付き合い始めたばかりの恋人のように、 優しい気分になれた。 (二人でアイスクリームなんかなめちゃってさ) ほかにすることもないので、 話をしていたけれど、 そのうち話すこともなくなった。 波がやってくると、 二人の呼吸を合わせた。 静かなときには、 彼女の寝顔を見ていた。 夜の海をずっと見ていたのは初めてだ。 波はしだいに高くなり、 激しくなった。 でもきみはまだ来ない。 ずっと待っていた。 いつまでも待っているんじゃないかと思った。 東の空が明るくなり始めたときに、 やっときみは出てきた。 出てきてみれば意外にあっけなかった。 きみは一瞬ためらったあと小さく泣いた。 きみと同じように出てきた子の泣き声が、 遠くから聞こえてきた。 きみのお母さんは、 しばらくベッドから立ち上がれない身体になったけれど、 笑った顔がかわいかったよ。


(C) Copyright, 1998 NAGAO, Takahiro
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