予兆



会社を出るときに、 天啓のように、 自分が今日死ぬということがわかった。 意識のなくなった明日の状態を 想像しようとしたが、 想像できなかった。 真っ黒な視界からは言葉一つ出てこなかった。 げっ、いやだな。 まだやりたいことはたくさんあるのに。 今日はあと五時間しかないが、 人間が死ぬのは簡単なことだ。 たとえば、 これから私は家に帰らなければならないが、 プラットフォームに走り込んできた電車の前に、 ぽろりと落ちるかもしれない。 電車はうまくやり過ごせても、 まだバスに乗らなければならない。 バスが無事着いても、 停留所からしばらくの間、 バス通りを歩かなければならない。 この道は細いくせに交通量が多く、 車のスピードも速い。 今日もまた、 向こうのカーブから車が加速してくる。 ハンドルを切り損ねて、 まっすぐ私の頭に向かって飛んでくる。 よけられない。 あっという間に倒れる。 フラッシュを焚いたような一瞬。 取り返しがつかないという言葉が、 意識のなかで谺している。 気がつくと、 他人事のように自分の死体が見えた。 手足の損傷はそれほどでもないが、 後頭部がぐしゃっと潰れて血が出ている。 見開いた目と口が動かない。 自分の顔ながら、 怖かった。


(C) Copyright, 1998 NAGAO, Takahiro
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