危険



電車の座席はけっこう危険だ。 網棚の荷物が突然落ちてきて、 頭にゴーンと当たったことが二度ある。 落としたやつがごめんなさいと言いながら、 へらへら笑っていたのが気にいらなかった。 二度ともだ。 もっとも私も網棚から荷物を落としたことはあって、 そのときどう謝ったのかよく思い出せない。 被害者の驚きようはよく覚えていて、 予期せぬことであわを食っていた間抜けな顔は、 ちょっとコッケイだった。 そんなことを思い出したのは、 本を読んでいた頭の上で、 いやぁ、風邪引いちゃったのかな、 治ったと思ったんだけど、 風邪引き直しちゃったのかな、 という 妙にはっきりした声が聞こえたからだ。 耳をすますと、 ときどきげほげほと咳をしている。 それを聞くと、 本に目を落としたままの頭が、 迷走しはじめた。 飲んできたサラリーマンのグループだろうか、 大声で話されるといやだなぁ、 それより頭に痰でも引っかけられた日には 悲惨だよな、 もし、痰を引っかけるようなことをしたら、 どう復讐してやろうか、いきなり立ち上がって、 ガーガー文句言ってやろうか、ぶん殴ろうか、 しかし、そんなことして相手が逆上して、 こっちが半殺しになったら怖いよな、 最近、危ない話、多いし、 相手は一人じゃなさそうだもんな、 何も言わずに頭をティッシュでふいて、 着いた駅でそっと消えることにしようか、 頭はすでに全速力で突っ走っていたが、 からだは動かなかった。 結局惨事は起きず、次の駅でいよいよ降りられる というところまで来たとき、 また頭の上で、げほげほ、 いやぁ、風邪かなぁ、困ったなぁ、 というはっきりした声が聞こえた。 本も閉じたことだし、頭を上げてみると、 声の主と目が合った。 窓から外を見ていたのがこっちを向いた。 一人だったんだ。 そのとき目的の駅に着いたので、 後ろを見ずにさっさと電車を下りた。


(C) Copyright, 1998 NAGAO, Takahiro
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