1997N124句(前日までの二句を含む)

January 2411997

 風呂吹に機嫌の箸ののびにけり

                           石田波郷

呂吹は、風呂吹き大根(ないしは蕪)。少年時代は農家で育ったから、大根や蕪は売るほどあった。が、風呂吹き大根などは、社会人になるまで食べたことがなかった。はじめて、どこぞの酒房で食したときの印象は、今風の女性言葉に習って言うと「ええっ、これってダイコン?」というものだった。ちっとも大根の香り(匂い)がしなかったからだ。なんだか、とても頼りない味だった。美味とは思わなかった。「不機嫌」になりそうになった。ところが、結婚生活四半世紀になる私が、ただ一度、台所で本式に作った料理が、この風呂吹き大根というのだから、人間どこで何がどうなっちまうかはわからない。作るコツは、材料の大根をできるだけ大根らしくなく茹でることだ。そのためには、準備に手間がかかる。そんな馬鹿な料理を、忙しい昔の農家の主婦が作るわけもなかったということだろう。(清水哲男)


January 2311997

 事果ててすっぽんぽんの嚔かな

                           谷川俊水

  今日は趣向を変えて1996年末の「余白句会」より一句。「嚔」は「くさめ」。
んなものに誰が点入れるのか、に騒々子、敢然として地に入れる。これがいいのです。騒々子、今回の選のコンセプトはグロテスクと馬鹿笑いである。(中略)「事果てて」が凄い。他に言いようがないのかねえ…。虚脱している男の間抜け面が目に見えるようで、これは他に言いようがない。川柳に破礼句(バレく)の分野あり。男女間の性愛を詠む。ここでも近世以降は傑作なし。やはり江戸期の「風流末摘花」などであの手のものは尽きています。この句などはだから新しい。俊水、字余り句は作るは、自由律句を作るは、バレ句は作るは、自由奔放、といえば聞こえはいいが、要はムチャクチャ俳諧。その元祖となる気配あり。……(「余白句会報告記」・騒々子<井川博年>)(清水哲男)


January 2211997

 東西南北より吹雪哉

                           夏目漱石

ンタツ・アチャコの漫才コンビで有名だった花菱アチャコのせりふではないが、「もう、むちゃくちゃでござりまするワ」という物凄い吹雪。「東西南北」は「ひがし・にし・みなみ・きた」と読むと、五七五音におさまる。ただ、物凄い吹雪ではあるけれども、アチャコのせりふと同じように、悲愴感はない。巧みな句でもない。作者は、この言葉遊びめいた、ちょっとした思いつきを楽しんでいるのであって、漱石にとっての俳句とは、ついにこのような世界で自適することにあったのかもしれぬと思う。『漱石俳句集』(岩波文庫)所収。(清水哲男)




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