1997N414句(前日までの二句を含む)

April 1441997

 濯ぎ水あふれ細紐生きはじむ

                           今井真子

濯機なんてなかったから、学生時代にはタライで下着などを洗った(下宿のタライの裏側には、私の生年と同じ購入年度が墨で書かれていた)。暖かくなってくると、水仕事も楽になる。そんな嬉しさが、この句には溢れているようだ。濯ぐために勢いよく水を注ぐと、脇役の細紐が主役のような顔をして踊りだす。そんな些事をとらえて、大きな自然の変化を表現した作者の感性が素敵だ。いわゆる季語は使われていないけれど、句全体が春の輝きのなかにある。『水彩パレット』所収。(清水哲男)


April 1341997

 人間へ塩振るあそび桃の花

                           あざ蓉子

からない。蓉子には、不可解句が多い。だが、どこか気になる。作者は言う。「言葉は概念である。その概念を俳句定型内で組み合わせると、その組み合わせによっては、言葉が別の意味に移ろうとして立往生することがある。このもどかしい像は、これからの俳句の一つの可能性かもしれない」(『21世紀俳句ガイダンス』現代俳句協会青年部編)。すなわち、俳句の伝統を破るのではなく、そのなかで遊んでしまおうという考えだ。餅を搗く臼で、たとえば金魚を飼うがごとくにである(古道具屋で聞いた話だが、実際にそうしているアメリカ人がいるという)。つまり作者は、それほどに俳句という頑丈な様式を信頼しているということだろう。「人間」と「塩」と「桃の花」。それこそもどかしくも、気になる一句ではある。『ミロの鳥』所収。(清水哲男)


April 1241997

 花吹雪うねりて尾根を越えゆけり

                           矢島渚男

んなにも力動感に溢れた桜の句は、はじめてだ。写生句だろうか。だとすれば、どこの山の情景だろうか。「うねりて」が凄い。豪華絢爛、贅沢三昧。それでいて、花の終りの哀切感も滲み出ている。なんだか、今夜の夢にでも出てきそうな気がする。渚男は、長野県小県郡在住の俳人。彼の地の花吹雪までには、まだ少し間があるだろう。『船のやうに』所収。(清水哲男)




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