1997N56句(前日までの二句を含む)

May 0651997

 銀行員等朝より蛍光す烏賊のごとく

                           金子兜太

ールデン・ウィークが終わって、オフィス街にも日常の顔が戻ってきた。すぐに慣れてしまう光景だが、朝のうちはまだ新鮮な感じを受ける。昨日までシャッターを下ろしていた銀行の内部を、見るともなく見ると、いつもと変わらぬ情景が認められ、なんとなくホッとする気分。作者は日本銀行に勤務していたから、これは内部者から見た銀行の姿だが、連休明けの街を行く市民の気持ちにも合うような気がする。人間が「烏賊(イカ)」のように蛍光するという独特な観察が、私にそんなことを連想させるのだろう。戦後俳句界を震撼させた話題作にして、兜太の代表作だ。『金子兜太句集』(1961)所収。(清水哲男)


May 0551997

 大鍋のカレー空っぽ子供の日

                           西岡一彦

食メニューの人気ランキングで、常にトップの座に君臨しつづけてきたカレーライス。子供たちは、本当にカレーが好きだ。私も好きだが、妙に凝った味のものよりも、そこらへんの店のありふれたものがよい。昔ながらの「そば屋のカレー」も独特な味がしてなかなかのものだが、時に飲み水のコップにスプーンを漬けて出してくる店があり、あれには閉口させられる。何の「まじない」なのだろうか。この句は、こどもの日のイベントが果てた後の感慨だろう。逞しい彼らの食欲に、人としての未来を感じ希望を感じている。それこそ妙に凝っていないところが、この句のよさである。(清水哲男)


May 0451997

 煮蜆の一つ二つは口割らず

                           成田千空

間にも強情な奴はいるが、蜆(しじみ)にも、なかなかどうして頑迷な奴がいる。素直じゃない。可愛くない。とまあ、これはもちろん口を割らない蜆のせいではないとわかってはいるけれど、ついつい人間世界に擬してしまいたくなるのが、人情というものだろう。滑稽にして、俳味十分。成田千空は、かつて学生時代の私が投句していた頃の「萬緑」(中村草田男主宰)のエース級同人。現在の主宰者である。(清水哲男)




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