1997N521句(前日までの二句を含む)

May 2151997

 皮を脱ぐ音静かなり竹の奥

                           如 洋

頃の竹林に入ると、竹の皮の落ちる音がしているはずだ。「はらり」でもなく「ばさり」でもなく、その中間の微妙なかそけき音。小学生の頃には、よく真竹の皮をひろいに行った。おにぎりなど、いろいろな物を包むのに使うためだ。都会では、肉屋さんの必需品でもあった。まさにこの句の言うとおりで、ときおり皮を脱ぎ落とす音がすると、子供心にも神秘的な感じを受けたものである。加えて、土のしめった感触や匂いなどにも……。ところで、私がいま住んでいる東京の三鷹は、埼玉の所沢と並んで、関東地方の細工用の竹の一大産地だったそうである。昨日の放送スタジオで、コミュニティセンターで「竹とんぼ」教室を開いているゲストの方からうかがった話だ。なお、竹の皮の品質のよさでは、なんといっても京都嵯峨野産が有名である。いや、有名であった。(清水哲男)


May 2051997

 子育ての大声同志行々子

                           加藤楸邨

声でヨシキリが鳴く小川に沿う道が我が通勤路。子育て真最中の行々子の鳴き声がしきり。会話の中味は、ひなの成長の自慢話しか、托卵されかっこうのひなの里親になった不運への愚痴か、はたまた、治水と称して河原の安住の葦原を侵略する人間への恨みごとか。にぎやかな行々子の声を聴きながら、亡き妻との子育ての昔を振り返る作者の姿が目に浮かぶ。遺句集『望岳』所収。(齋藤茂美)


May 1951997

 遠近の灯りそめたるビールかな

                           久保田万太郎

近は「おちこち」。たそがれ時のビヤホール。まだ、店内には客もまばらだ。連れを待つ間の「まずは一杯」というところか。窓の外では、ポツポツと夜の灯りが点りはじめた。いかにも都会派らしい作者のモダンな句だ。この作品はまずまずとしても、意外なことにビールの句にはよいものが少ない。種々の歳時記を見るだけで、ビール党の人はがっかりするはずである。なぜだろうか……。今日はおまけとして、情緒もへったくれもあったものじゃないという短歌を二首紹介しておく。「小説を書く苦しみを慰さむは女房にあらずびいる一杯」(火野葦平)。「原稿が百一枚となる途端我は麦酒を喇叭(らっぱ)飲みにす」(吉野秀雄)。俳句では、逆立ちしてもこうはいかない。(清水哲男)




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