May 221997
風知つてうごく蚊帳吊りぐさばかり
大野林火
俳句の感想を書いていて困るのは、昔は誰でも知っていた草木の名前などを知らない人が増えてきたことだ。「蚊帳吊りぐさ(草)」も、もはやその一つと言ってよいだろう。いわば「教養」という引き出しに入ってしまった感のあるこの雑草は、そこらへんの畑や畦道に長い茎(20-70センチほど)を真っ直ぐにすっと伸ばして生えている。だから、この句のように、微風にもいちはやく敏感に反応するというわけだ。茎の断面が三角形で、上下を残して二つに割いていくと方形ができ、それが「蚊帳」を連想させるところから、この名がついた。「蚊帳吊りぐさ」はおろか「蚊帳」すらも忘れられていく時代に、このような佳句もまた、少数者の「教養」の引き出しにしまいこまれていくのであろうか。(清水哲男)
May 211997
皮を脱ぐ音静かなり竹の奥
如 洋
今頃の竹林に入ると、竹の皮の落ちる音がしているはずだ。「はらり」でもなく「ばさり」でもなく、その中間の微妙なかそけき音。小学生の頃には、よく真竹の皮をひろいに行った。おにぎりなど、いろいろな物を包むのに使うためだ。都会では、肉屋さんの必需品でもあった。まさにこの句の言うとおりで、ときおり皮を脱ぎ落とす音がすると、子供心にも神秘的な感じを受けたものである。加えて、土のしめった感触や匂いなどにも……。ところで、私がいま住んでいる東京の三鷹は、埼玉の所沢と並んで、関東地方の細工用の竹の一大産地だったそうである。昨日の放送スタジオで、コミュニティセンターで「竹とんぼ」教室を開いているゲストの方からうかがった話だ。なお、竹の皮の品質のよさでは、なんといっても京都嵯峨野産が有名である。いや、有名であった。(清水哲男)
May 201997
子育ての大声同志行々子
加藤楸邨
大声でヨシキリが鳴く小川に沿う道が我が通勤路。子育て真最中の行々子の鳴き声がしきり。会話の中味は、ひなの成長の自慢話しか、托卵されかっこうのひなの里親になった不運への愚痴か、はたまた、治水と称して河原の安住の葦原を侵略する人間への恨みごとか。にぎやかな行々子の声を聴きながら、亡き妻との子育ての昔を振り返る作者の姿が目に浮かぶ。遺句集『望岳』所収。(齋藤茂美)
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