1997N524句(前日までの二句を含む)

May 2451997

 襖除り杜鵑花あかりに圧されけり

                           阿波野青畝

っと読み下せた人は、なかなかの漢字通です。「ふすまとりさつきあかりにおされけり」と読む。大勢の客を迎える準備だろうか。部屋をブチ抜きにするために、襖を外したところ、杜鵑花(さつき)が満開の庭の明るい光がどっと入ってきて、思わず気圧されてしまったという構図。いかにも初夏らしい気分を的確にとらえた、見事な作品である。杜鵑花は「つつじ」の親戚だが、陰暦の五月に咲くので「さつき」となった。ところで、今週あたりから来月上旬にかけて、各地で「さつき展」が開かれる。今年は、桜からはじまって一般的に開花が早いので、あまり盛り上がらないのではないかと、これは関係者の話。(清水哲男)


May 2351997

 店じまひしたる米屋の燕の巣

                           塩谷康子

ソリン・スタンドで米を売る時代だもの、廃業に追い込まれる米屋があっても不思議ではない。事情はともあれ、店じまいしてガランとした米屋の軒先に、今年もまた燕がやってきた。何もかもきれいさっぱりと片づけて去った店の主人が、燕の住環境だけはそのまま残しておいたのだ。そんな店主の人柄が伝わってくる句。滅びと出立の対照の妙もある。私が若かったころは、引っ越しをするたびに米穀通帳(寺山修司が「米穀通帳の職業欄に『詩人』と記入する奴はいない、詩人は職業じゃないから」と、当時の雑誌に書いていたことを思い出す)を更新する必要があり、あちこちの米屋のお世話になった。どこの店にも独特の米糠の匂いが満ちており、どこのご主人も、人柄になぜか共通するところがあったような気がする。『素足』所収。(清水哲男)


May 2251997

 風知つてうごく蚊帳吊りぐさばかり

                           大野林火

句の感想を書いていて困るのは、昔は誰でも知っていた草木の名前などを知らない人が増えてきたことだ。「蚊帳吊りぐさ(草)」も、もはやその一つと言ってよいだろう。いわば「教養」という引き出しに入ってしまった感のあるこの雑草は、そこらへんの畑や畦道に長い茎(20-70センチほど)を真っ直ぐにすっと伸ばして生えている。だから、この句のように、微風にもいちはやく敏感に反応するというわけだ。茎の断面が三角形で、上下を残して二つに割いていくと方形ができ、それが「蚊帳」を連想させるところから、この名がついた。「蚊帳吊りぐさ」はおろか「蚊帳」すらも忘れられていく時代に、このような佳句もまた、少数者の「教養」の引き出しにしまいこまれていくのであろうか。(清水哲男)




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