1997N525句(前日までの二句を含む)

May 2551997

 ひと日臥し卯の花腐し美しや

                           橋本多佳子

暦の四月は「卯の花月」。昔の人は、この頃に咲く卯の花を腐らせるような霖雨のことを「卯の花腐し(うのはなくたし)」と呼んだ。健康な人にとってはまことに陰欝な雨でやりきれないが、病者にはむしろみずみずしい生気とうつる。臥(ふ)している作者は、降りつづく雨の庭を飽かず眺めながら、心に染みいるような美しさを味わっている。心なしか体調もよくなってきた感じ……。妙なことを言うようだが、長患いは別として、人間たまには寝込むことでストレスの解消になる。煩瑣な日常生活と、否応なく切り離されてしまうからだろう。(清水哲男)


May 2451997

 襖除り杜鵑花あかりに圧されけり

                           阿波野青畝

っと読み下せた人は、なかなかの漢字通です。「ふすまとりさつきあかりにおされけり」と読む。大勢の客を迎える準備だろうか。部屋をブチ抜きにするために、襖を外したところ、杜鵑花(さつき)が満開の庭の明るい光がどっと入ってきて、思わず気圧されてしまったという構図。いかにも初夏らしい気分を的確にとらえた、見事な作品である。杜鵑花は「つつじ」の親戚だが、陰暦の五月に咲くので「さつき」となった。ところで、今週あたりから来月上旬にかけて、各地で「さつき展」が開かれる。今年は、桜からはじまって一般的に開花が早いので、あまり盛り上がらないのではないかと、これは関係者の話。(清水哲男)


May 2351997

 店じまひしたる米屋の燕の巣

                           塩谷康子

ソリン・スタンドで米を売る時代だもの、廃業に追い込まれる米屋があっても不思議ではない。事情はともあれ、店じまいしてガランとした米屋の軒先に、今年もまた燕がやってきた。何もかもきれいさっぱりと片づけて去った店の主人が、燕の住環境だけはそのまま残しておいたのだ。そんな店主の人柄が伝わってくる句。滅びと出立の対照の妙もある。私が若かったころは、引っ越しをするたびに米穀通帳(寺山修司が「米穀通帳の職業欄に『詩人』と記入する奴はいない、詩人は職業じゃないから」と、当時の雑誌に書いていたことを思い出す)を更新する必要があり、あちこちの米屋のお世話になった。どこの店にも独特の米糠の匂いが満ちており、どこのご主人も、人柄になぜか共通するところがあったような気がする。『素足』所収。(清水哲男)




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