1997N810句(前日までの二句を含む)

August 1081997

 時計屋の微動だにせぬ金魚かな

                           小沢昭一

したる蔵書もない(失礼)吉祥寺図書館の棚で、俳優の小沢昭一の句集『変哲』(三月書房)をみつけた。なぜ、こんな珍本(これまた失礼)がここにあるのかと、手に取ってみたら面白かった。「やなぎ句会」で作った二千句のなかから自選の二百句が収められている。この作品は、手帳にいくつか書き写してきたなかの一句だ。古風な時計店の情景ですね。店内はきわめて静かであり、親父さんも寡黙である。聞こえる音といったら、セコンドを刻む秒針の音だけ。金魚鉢の金魚も、静謐そのもの……。一瞬、時間が止まったような時計店内の描写が鮮やかである。うまいものですねえ。脱帽ものです。(清水哲男)


August 0981997

 愛しきを抱けば鏡裏に蛍かな

                           摂津幸彦

誌「豈」(97年・夏)「回想の摂津幸彦」特集号より。句は「俳句研究」(76年11月号)に発表された『阿部定の空』の一句。季語はいま都会でも田舎でも見掛けることのできなくなった蛍。蛍はまた古来より死者の魂の象徴と見なされてきた。この句はもちろん戦前の二・二六事件の最中に起きた有名な阿部定事件をふまえている。いままた世間を賑わす『失楽園』もこの事件が重要な背景となっている。この句の鏡は待合の三面鏡。「愛しきを抱けば」にもかすかに『四谷怪談』の雰囲気が漂う。次の句なども凄い。「埋められて極楽吹かれて地獄かな」。(井川博年)


August 0881997

 星合の宿のはじめは寝圧しかな

                           加藤郁乎

合(ほしあい)は、牽牛と織女の二つの星が出合うこと。すなわち、七夕のことを言う。こんな風流な日に、作者は一人旅である。で、浴衣に着替えて旅館で最初にすることが、ズボンの寝押しの準備というのだから、不風流きわまりない。思わずも力なく「へへへ」と笑ってしまったという図。こうなったら、七夕もへちまもあるものか。今夜は一杯やって、早いとこ寝ちまおう……。『江戸櫻』所収。(清水哲男)




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