1997N812句(前日までの二句を含む)

August 1281997

 塩漬けの小梅噛みつつ冷酒かな

                           徳川夢声

声は、映画弁士、漫談家として話術の大家であった。俳句が好きで、いとう句会のメンバーとなり、おびただしい数の俳句を作った。彼の句集を古書店で求めて読んだ井川博年によると、数は凄いがロクな句はないそうだ。掲句にしても、なるほどうまくはない。「それがどうしたの」という感想だが、しかし、この冷酒はうまそうである。酒好きも有名で、戸板康二は次のように書いている。「大酒家で、映画館で眠ってしまったり、放送できないので古川緑波が声帯模写で代役をつとめたという珍談もある。英国女王の戴冠式に招待されていく船の中で吐血し、晩年は停酒と称して一切アルコールを絶っていたが、酔っているようなユーモラスな口調で誰ともしたしみ、愛される人柄だった。……」(旺文社『現代日本人物事典』)。(清水哲男)


August 1181997

 ナイター観る吾が身もいつか負けがこむ

                           瀧 春一

季の巨人ファンみたいだ(苦笑)。まあ、そんなことはどうでもよろしいが、最近はあまり「ナイター」という和製英語は使わなくなった。誰が発明した言葉なのだろうか。けったいな発想である。しかし、諸種の歳時記が夏の季語として採用しているのだから、発明者にその甲斐はあったというべきだろう。はじめてナイターを観たのは、かれこれ三十年前の後楽園球場。巨人大洋(現・横浜)戦の外野席だった。試合そのものよりも、光の洪水に目を奪われた。当時の新潮社版『俳諧歳時記』から、ナイターの説明を引いておく。これが、なかなか面白い。「夜間行われる野球試合。百万燭光の照明に照らされた球場は、外野の青い芝生としっとりと露気を帯びた内野グランドとの配合が美しく、涼しい夜風に吹かれながら、観客は開襟シャツや浴衣がけの軽装で夜の試合を見て楽しむ。五月から九月末まで行われる。主としてプロ野球であるが、近頃はノンプロでもナイターを行う」。(清水哲男)


August 1081997

 時計屋の微動だにせぬ金魚かな

                           小沢昭一

したる蔵書もない(失礼)吉祥寺図書館の棚で、俳優の小沢昭一の句集『変哲』(三月書房)をみつけた。なぜ、こんな珍本(これまた失礼)がここにあるのかと、手に取ってみたら面白かった。「やなぎ句会」で作った二千句のなかから自選の二百句が収められている。この作品は、手帳にいくつか書き写してきたなかの一句だ。古風な時計店の情景ですね。店内はきわめて静かであり、親父さんも寡黙である。聞こえる音といったら、セコンドを刻む秒針の音だけ。金魚鉢の金魚も、静謐そのもの……。一瞬、時間が止まったような時計店内の描写が鮮やかである。うまいものですねえ。脱帽ものです。(清水哲男)




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