1997N920句(前日までの二句を含む)

September 2091997

 母が割るかすかながらも林檎の音

                           飯田龍太

とんどの果物を、一年中店頭に見るようになったとはいえ、秋はやはり特別。梨、ぶどう、林檎。紅玉の好きな私に八百屋のおじさんは、「もう少しだね」と声をかけてくれる。秋は、地上の事々を一旦静けさへ立ち戻らすようなところがあって、この句も、割られる林檎の音、母親の存在、家の空気など、すべてが静けさに際立つ。(木坂涼)


September 1991997

 朝鵙や昨日といふ日かげもなし

                           林 翔

は「もず」。気性の荒い鳥だ。朝早くからキーッ、キーッと苛立っている。そんな鵙の声を耳にすると、なんだか逆に気持ちが落ち着いてくる。昨日はいろいろなことがあり、どう対処すべきかなどと思い悩んだが、それが嘘のように消えてしまった。悩みの袋小路から、いつの間にかするりと抜け出ている。「昨日といふ日」はどこへ行ったのか、影もない。さっぱりとした気分で、一日がはじめられる清涼感。鵙の声は、なおしきりである。(清水哲男)


September 1891997

 電車の影出てコスモスに頭の影

                           鈴木清志

く晴れた日の郊外の駅。少し肌寒いので、いま下りた電車の影から日向のほうに出て歩く。今度は自分の影が尾を引くことになり、見ると、ちょうどその頭のところでコスモスが風に揺れていたという情景だ。人の影の頭の部分は、時に矢印の役割を負う。ここで矢印はコスモスを指して、作者に「秋」を発見させたわけである。なんでもないような句だが、作者の感覚は実にシャープで、心地よい。スケッチ句のお手本である。(清水哲男)




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