1997N921句(前日までの二句を含む)

September 2191997

 本郷に残る下宿屋白粉花

                           瀧 春一

粉花(おしろいばな)は、どこにでも自生している。名前を知らない人には、ごく小さな朝顔をギューッと漏斗状に引っ張ったような花と説明すれば、たいていはわかってもらえる。花は、白、赤、黄色と色とりどりだ。夕方近くに花が咲くので、英語では「Four O'clock(四時)」という。我が家の近所の公園にある花も、取材(!)したところ、ちゃんと四時には咲きはじめた。昼間は咲かないので、いつもしょんぼりとした印象を受ける人が多いだろう。そのあたりの雰囲気が、昔ながらの古めかしい下宿屋のイメージにぴったりとマッチする。細見綾子に同じ本郷を舞台にした「本郷の老教師おしろい花暗らし」があって、こちらは咲いているらしいが、やはり陰気なイメージである。(清水哲男)


September 2091997

 母が割るかすかながらも林檎の音

                           飯田龍太

とんどの果物を、一年中店頭に見るようになったとはいえ、秋はやはり特別。梨、ぶどう、林檎。紅玉の好きな私に八百屋のおじさんは、「もう少しだね」と声をかけてくれる。秋は、地上の事々を一旦静けさへ立ち戻らすようなところがあって、この句も、割られる林檎の音、母親の存在、家の空気など、すべてが静けさに際立つ。(木坂涼)


September 1991997

 朝鵙や昨日といふ日かげもなし

                           林 翔

は「もず」。気性の荒い鳥だ。朝早くからキーッ、キーッと苛立っている。そんな鵙の声を耳にすると、なんだか逆に気持ちが落ち着いてくる。昨日はいろいろなことがあり、どう対処すべきかなどと思い悩んだが、それが嘘のように消えてしまった。悩みの袋小路から、いつの間にかするりと抜け出ている。「昨日といふ日」はどこへ行ったのか、影もない。さっぱりとした気分で、一日がはじめられる清涼感。鵙の声は、なおしきりである。(清水哲男)




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