1997N923句(前日までの二句を含む)

September 2391997

 はたをりが翔てば追ふ目を捨て子猫

                           加藤楸邨

たをりは、チョンギースと鳴く「きりぎりす」のこと。声が機を織る音に似ていることによる。捨てられた子猫も、虫が飛び立てば本能的に目で追うのだ。その可愛らしい様子が哀れでならない。実は、この子猫、作者と大いに関係がある。前書に「黒部四十八ヶ瀬、流れの中の芥に、子猫二匹、あはれにて黒部市まで抱き歩き、情ありげな人の庭に置きて帰る 五句」とあるからだ。とりあえず子猫の命は救ったものの、旅先ではどうにもならぬ。そこで「秋草にお頼み申す猫ふたつ」となった次第。捨てたのではなく、置いたのではあるが……。楸邨は常々「ぼくは猫好きではない」と言っていたそうだ。が、結婚以来いつも家には猫がいて、たくさんの猫の句がある。ふらんす堂から『猫』(1990)というアンソロジーが出ているほどだ。『吹越』所収。(清水哲男)


September 2291997

 壷の花をみなめしよりほかは知らず

                           安住 敦

も植物の名に明るくないので、しばしばこういうことになってしまう。壷に挿された数種の花のうちで、わかるのは「女郎花(「をみなへし」あるいは「をみなめし」とも)」だけであるという句。最近では新種の花が増えてきたので、花屋の花を見てもますますわからなくなってきた。横文字の名前が多いのも、覚えにくくて困る。女郎花は『万葉集』にも出てくるし、秋の七草としても有名だ。謡曲に女郎花伝説あり。山城国男山の麓の野辺の名草女郎花の由来として、小野頼風という男の京の愛人が、頼風の無情を恨んで放生川に身を投じたところ、その衣が朽ちて花に生まれ変わったというのである。この伝説を下敷きにして眺めると、女郎花のいささか頼りなげな風情も納得できる。(清水哲男)


September 2191997

 本郷に残る下宿屋白粉花

                           瀧 春一

粉花(おしろいばな)は、どこにでも自生している。名前を知らない人には、ごく小さな朝顔をギューッと漏斗状に引っ張ったような花と説明すれば、たいていはわかってもらえる。花は、白、赤、黄色と色とりどりだ。夕方近くに花が咲くので、英語では「Four O'clock(四時)」という。我が家の近所の公園にある花も、取材(!)したところ、ちゃんと四時には咲きはじめた。昼間は咲かないので、いつもしょんぼりとした印象を受ける人が多いだろう。そのあたりの雰囲気が、昔ながらの古めかしい下宿屋のイメージにぴったりとマッチする。細見綾子に同じ本郷を舞台にした「本郷の老教師おしろい花暗らし」があって、こちらは咲いているらしいが、やはり陰気なイメージである。(清水哲男)




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