夕暮時、井の頭公園から見上げる空は美しい。木々の梢に舞う烏の影絵。




1997N1021句(前日までの二句を含む)

October 21101997

 遠くまで行く秋風とすこし行く

                           矢島渚男

然のなかに溶け込んでいる人間の姿。吹く風に同道するという発見がユニークだ。「すこし行く」という小味なペーソスも利いている。同じ風でも、都会のビル風ではこうはいかない。逃げたい風と一緒に歩きたい風と……。作者は小諸の人。秋風とともに歩く至福は、しかし束の間で、風ははや秘かながらも厳しい冬の到来を予告しているのである。同じ作者に「渡り鳥人住み荒らす平野見え」がある。出来栄えはともかくとして、都会から距離を置いて生きることにこだわりつづける意志は、ここに明確だ。『船のやうに』所収。(清水哲男)


October 20101997

 からしあへの菊一盞の酒欲れり

                           角川源義

子和えの菊とは、菊の花をゆでて食べる「菊膾(きくなます)」のこと。私は三杯酢のほうが好みだ。作者ならずとも、これが食卓に出てきたら一杯やりたくなってしまうだろう。美しい黄菊の色彩が目に見えるようだ。「盞(さん)」は盃の意。山形や新潟に行くと、花弁がピンクで袋状になった「化白(かしろ)」という品種の食用菊が八百屋などで売られている。はじめて見たときは「何だろう」と思った。これまた風味よく美味。見た目から想像するよりもずっと味がよいので、山形では「もってのほか」と呼ばれている。三十代の頃にはよく訪れた山形だが、ここ十数年はとんとご無沙汰である。(清水哲男)


October 19101997

 いとしさの椎の実飛礫とどかざり

                           竹本健司

礫は「つぶて」。男女何人かでのハイキング。好意を抱いている女性が前を歩いている。ちょっと驚かせてやろうと、椎の実を背中めがけて投げつけたのだが届かなかったというだけの句。女性の気を引くために、男はしばしばこういうことをする。髪の毛を引っ張って泣かせたりする小学生も、椎の実を投げつけてみる大人も、この点では変わらない。このとき「いとしさ」をどれほど自覚しているか。そのあたりが、子供と大人の別れ目なのだろう。(清水哲男)




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