H句

April 2741998

 武者幟雨空墨をながすなり

                           中村秋晴

風に泳ぐ鯉幟は華麗で美しいが、このように雨空の下の幟(のぼり)も面白い。一天にわかにかきくもってきて、あたかも墨をながしたような空模様。そこで、鯉幟も作者も「来るなら来てみろ」という気構えになったというところか。黒バックの鯉幟には、どこか生々しい息づかいのようなものが感じられる。ここで、おさらいの意味も込めて「幟」の定義。「本来は五月人形に添える定紋付の幟のことをいい、鍾馗(しょうき)の絵などを描いた。これは内幟といって武者人形の傍に立てられている。俳句で一般に詠まれているのは外幟すなわち戸外に立てる幟で、古くは戦場に見られた旗指物様の幟を戸外に立てたらしいが、今はそうした幟は少なくなり、ほとんど鯉幟となっている」(新潮文庫・新改訂版『俳諧歳時記』1968)。子供だったころの我が家には、祖父が贈ってくれた武者人形はあったけれど、ついに鯉幟とは無縁のままできてしまった。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます