q句

August 1282001

 裏畑に声のしてゐる盆帰省

                           村上喜代子

日十三日から、月遅れの盂蘭盆会(うらぼんえ)。今日あたりは、ひさしぶりの故郷を味わっている人も多いだろう。長旅の疲れと実家にいる安堵感でぐっすりと眠っていた作者は、たぶんこの「声」で目覚めたのだろう。農家の人は朝が早いから、まだ涼しい時間だ。都会の生活では、まずこういうことは起きない。これだけでも「帰省」の実感がわいてくるが、その声の主が日頃はすっかり忘れていた人だけに、よけいに懐かしさがかき立てられた。「裏畑」のあるような狭い地域社会では、みんなが顔見知りである。だが、田舎を離れて暮らしているときには、その誰彼をいつも意識しているわけではない。ほとんどの人のことは忘れているのだけれど、こうやって「帰省」してみると、不意にこのようなシチュエーションで、その誰彼が立ち現れる。当たり前の話だが、これが故郷の味というものだ。昔と変わらぬ山河もたしかに懐かしいが、より懐かしさをもたらすのは、その社会で一時はともに生きた人たちだ。浦島太郎が玉手箱を開けてしまったのは、山河は同じで懐かしくても、まわりには誰も知らない人ばかりだったからである。作者は、これらのことを「声」だけで言い止めている。それぞれの読者に、それぞれの故郷を思い出させてくれる。この夏も、私の「帰省」はかなわなかった。『つくづくし』(2001)所収。(清水哲男)


February 2322002

 紙風船突くやいつしか立ちあがり

                           村上喜代子

語は「風船」で春。明るく暖かい色彩が、いかにも春を思わせるからか。さっきまで、作者のいる部屋で子供が遊んでいたのだろう。残していった紙風船をどれどれと、ほんの手すさびのつもりで突いているうちに、だんだん本気になってきて、「いつしか立ちあが」ってしまっていた。そんな自分への微苦笑を詠んだ句だ。春ですねえ……。ところで、紙風船というといつも思うのだが、ゴム風船などよりも段違いに素敵な発明だ。密封したゴムの球に空気を入れる発想は平凡だが、紙風船の球には小さな穴が開けてあるのが凄い。突きながら穴から空気を出し入れして、空気の量を調節するように設計されている。市井の発明者に物理の知識があったわけではないだろうから、何か別のものや事象にヒントを得たのだろうか。いろいろ想像してみるのだが、見当がつかない。手元の百科事典にも、次の記述があるのみである。「紙風船は、紙手鞠(てまり)、空気玉ともいう。色紙を花びら形に切って張り合わせた球で、吹き口の小穴から息を吹き込んで丸く膨らませ、突き上げたりして遊ぶ。1891年(明治24)ごろから流行し、のちには鈴入りのものもつくられた。(C)小学館」。それにしても「空気玉」とは、またなんとも味気ない命名ですね。鈴入りのものは、子供の頃に祖母に見せられたような記憶があるけれど、いまでも売られているのだろうか。『つくづくし』(2001)所収。(清水哲男)


April 2042003

 朧夜のポストに手首まで入るる

                           村上喜代子

語は「朧夜(おぼろよ)」で春。朧月夜の略である。実際、数日前に、私も同じ体験をした。朧夜だからといって、べつに平常心を失っているとも思わなかったけれど、投函するときになんだか急に手元が頼りなく思え、ぐうっとポストに「手首まで」入れて、確かに投函したことを確認したのだった。届かないと相手に迷惑のかかりそうな郵便物だっただけに、慎重を期したというところだが、普段だとすとんと入れて平気でいるのに、これはやっぱり朧夜のせいだったのかしらん。暖かくて妙に気分が良いと、かえって人は普段よりも慎重になるときがあるのかもしれない。このように郵便物だと手応えを確かめられるが、昨今のファクシミリやメールだと、こうはいかないので不安になることがある。本当に届くのだろうか。ふと疑ってしまうと、確認のしようもないので苛々する。とくにファクシミリは、相手の手元に手紙のように物理的具体的に送信内容が届くはずなので、逆に心配の度合が強いのだ。メールならば泡と消えても、もともとが泡みたいな通信手段だから、仕方ないとあきらめがつく。でも、プロセスはともかくとして、ファクシミリは限りなく手紙に近い状態でのやりとりだ。書留で出すわけにもいかないし、届いたかどうかを、あらためて電話で確認することもしばしばである(苦笑)。『つくづくし』(2001)所収。(清水哲男)


September 0492007

 帯結びなほすちちろの暗がりに

                           村上喜代子

集中〈風の盆声が聞きたや顔見たや〉〈錆鮎や風に乗り来る風の盆〉にはさまれて配置されている掲句は、越中八尾の「おわら風の盆」に身を置き、作られたことは明らかであろう。三味線、太鼓、胡弓、という独特の哀調を帯びた越中おわら節にあわせ、しなやかに踊る一行は、一様に流線型の美しい鳥追い笠を深々と被っている。ほとんど顔を見せずに踊るのは、個人の姿を消し、盆に迎えた霊とともに踊っていることを示しているのだという。掲句からは、町を流す踊りのなかで弛んだ帯を、そっと列から外れ、締め直している踊り子の姿が浮かぶ。乱れた着物を直すことは現世のつつしみであるが、ちちろが鳴く暗がりは「さあいらっしゃい」と、あの世が手招きをしているようだ。身仕舞を済ませた踊り子は、足元に浸み出していくるような闇を振り切り、また彼方と此方のあわいの一行に加わる。昨日が最終日の「おわら風の盆」。優麗な輪踊りは黎明まで続けられていたことだろう。長々と続いた一夜は「浮いたか瓢箪/軽そうに流れる/行く先ゃ知らねど/あの身になりたや」(越中おわら節長囃子)で締めくくられる。ちちろの闇に朝の光りが差し込む頃だ。『八十島』(2007)所収。(土肥あき子)


November 04112007

 林檎もぎ空にさざなみ立たせけり

                           村上喜代子

象そのものにではなく、対象が無くなった「跡」に視線を向けるという行為は、俳句では珍しくないようです。およそ観察の目は、あらゆる角度や局面に行き渡っているようです。句の意味は明解です。林檎をもぐために差し上げた腕の動きや、林檎が枝から離れてゆく動きの余波が、空の広がりに移って行くというものです。現実にはありえない情景ですが、空を水に置き換えたイメージはわかりやすく、美しく想像できます。似たような視点から詠まれた句に、「梨もいで青空ふやす顔の上」(高橋悦男)というのもあります。両句とも、本当にもいだのは果物ではなく、青空そのものであると言いたかったのでしょう。「地」と「絵」の組み合わせを、果物にしたり、空にしたり、水にしたりする遊びは、たしかに飽きることがありません。もぎ取った空に、大きく口をあけてかぶりつけば、そこには果肉に満ちた甘い水分が、今度は人に、さざなみを立てはじめるようです。『合本俳句歳時記第三版』(2004・角川書店)所載。(松下育男)


May 1452010

 素老人新老人やかき氷

                           村上喜代子

老人とは言えても素老人とはなかなか言えない言葉。もちろん素浪人とかけている。近所の公園は朝五時ごろから老人天国。老人に占拠されたような状態である。犬の散歩、野良猫に餌をやる人、運動をする人。運動する人はいくつかに分類できる。自分で体操する人、みんなでラジオ体操する人、走りまわる人、歩きまわる人。その中にゴミを拾っている人も見かける。女性も男性も全部老人ばかりである。町が本当に占拠されることはないのだろうか。怒りの老人が老人解放戦線を組織して立ち上がる。老人が保守だと誰が決めたのだ。老人という言葉に定義はない。自分が老人だと思えば老人であり、自分から見て老人だと思える人は自分にとっては老人である。僕は今年還暦になる。まぎれもなく老人である。季語かき氷はまことに巧みな斡旋だが、すぐ崩れるようで切ない。「俳句」(2009年9月号)所載。(今井 聖)


August 1382013

 うぶすなや音の遅るる揚げ花火

                           村上喜代子

と光の関係を理解してはいても、夜空に広がった花火を目にしてから、その光が連れてくる腹の底に響くような音に身をすくめる。鉦や太鼓など大きな音が悪霊を追い払うとされていたことから、花火には悪疫退散の意味も込められていたことがうなずける。歌川広重の浮世絵「名所江戸百景」の「両国花火」を見るとその構図はおどろくほど暗い。時代は安政5年。安政2年の大地震のあと、初めて開催された花火だといわれる。画面の半分以上が占められる夜空には鎮魂も込めて打ち上げられた花火の、火花のひとつひとつまで丁寧に描かれている。花火に彩られた夜空は、ふたたび漆黒の沈黙を広げる。それはまるで、なつかしい記憶をよみがえらせたあと、大切に保管するための重い蓋を閉じるかのように。〈三・一一赤子は立つて歩き初む〉〈ひぐらしは森より蝉は林より〉『間紙』(2013)所収。(土肥あき子)


July 3072015

 草取りの後ろに草の生えてをり

                           村上喜代子

始めは柔らかかった草も夏の日にさらされ、雨に打たれどんどんふてぶてしくなってゆく。地面からはとめどなく草が噴出してきて、放っておけばたちまち家の周りが雑草だらけになる。田舎の家で草取りをすると、玄関で草取りをして裏まで回って、また玄関を見れば取り残した草だけでなく、もう新しい草が生え始めている。まったく草取りは果てしない作業に思える。夏の盛りに田んぼに草取りをする人をあまり見かけなくなったのは農薬が飛躍的に進歩したせいかもしれないが、そう除草剤に頼るわけにはいかないだろう。田舎にも久しく帰らず、草取りも何十年もしたことがないが田舎の家や墓所を維持するのは並大抵なことではないと掲句に出会ってつくづく思った。『村上喜代子句集』(2015)所収。(三宅やよい)


August 0482015

 そしてみんな大人になりぬ灸花

                           村上喜代子

五の「そしてみんな」の「みんな」と括られたなかには、作者自身に加え、親しい誰彼、そしてわが子も含まれるだろう。やりとげた充実感に満たされつつ、手が離れてゆくさみしさが押し寄せる。胸に空いたがらんとした空間がじわじわと広がる思いに途方に暮れる。どこかでアガサ・クリスティーの名作「そして誰もいなくなった」の、登場人物がひとりずつ減っていく恐怖も引き連れているように思われるのは、大人になることで失ってしまうものの大きさを大人である作者、そして読者もじゅうぶん知っているからだろう。喜ぶべき成長の早さを嘆いてはならぬと思いながらも抱いてしまう複雑な心情を映し、花弁の芯に燃えるような紅紫色を宿す灸花が赤々と灯る。現代俳句文庫77『村上喜代子句集』(2015)所収。(土肥あき子)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます