テ田q句

October 30102001

 草の露かがやくものは若さなり

                           津田清子

に結ぶことが多いので、単に「露」と言えば秋季になる。風のない晴れた夜に発生する。「露」はすぐに消えてしまうので、昔からはかない事象や物事の象徴とされ、俳句でもそのように詠み継がれてきた。「露の世は露の世ながらさりながら」(小林一茶)など。ところが作者は、そのはかない「露」に「若さ」を認めて感に入っている。「かがやくものは若さなり」と、「草の露」を世の物象全体にまで敷衍して言い切っている。言われてみると、その通りだ。この断定こそが、俳句の気持ちよさである。作者にこの断定をもたらしたのは、おそらく作者の年輪だろう。なにも俳句の常識をひっくり返してやろうと、企んでいるわけではない。若いうちは、かえって「はかなさ」に過剰に捉えられる。拘泥する。おのれの、それこそ過剰な若さが、「はかない」滅びへの意識を敏感にさせるからだろう。私自身に照らして、覚えがある。若いときに書いた詩やら文章やらは、ことごとく「はかなさ」に向いていたと言っても過言ではない。このような断定は、初手から我がポエジーの埒外にあった。不思議なもので、それがいまや、この種の断言に出会うとホッとする。「かがやくものは若さなり」。いいなア。老いてからわかることは、まだまだ他にもたくさんあるに違いない。「俳句」(2001年11月号)所載。(清水哲男)


November 14112003

 猟夫と鴨同じ湖上に夜明待つ

                           津田清子

語は「猟夫(さつお)」と「鴨(かも)」で、いずれも冬。「猟夫」は「狩」に分類する。狩猟解禁日の未明の情景だろう。息をひそめ手ぐすねをひいて「夜明」を待つ猟夫たちと、そんなこととは露知らぬ鴨たちとの対比の妙。標的をねらうものと標的にされるものとが「同じ湖上」に、しかも指呼の間にいるだけに、緊迫感がひしひしと伝わってくる。私は鴨猟をやったこともないし、見たこともない。銃も、空気銃以外は撃ったことがない。だが、掲句のはりつめた空気はよくわかる。きっと過去のいろいろな細かい体験の積み重ねから、待ち伏せる者の心の状態がシミュレートできるからだと思う。自治体によって狩猟解禁日は違うし、解禁時間も異る。なかには午前6時7分からなどと、ヤケに細かく定めたところもあるという。そしてこの解禁時間の直後が、鴨猟連中の勝負どころだそうだ。時間が来たからといって、遠くにいるのを撃っても当たらない。でも近くに来すぎると、今度は散弾が広がらないので仕留めそこなってしまう。しかし解禁時間になった途端に、必ず誰かが撃ちはじめるので、うかうかしていると逃げられる。猟夫たちはみな鴨の習性を知っているから、句のようにじっと夜明けを待つ間は、自分なりの作戦を頭の中で組み立てめぐらして過ごすのだろう。そういうことを想像すると、なおさらに、いわば嵐の前の静けさにある時空間の雰囲気が鮮かに浮き上がってくる。句とは離れるが、ずっと昔に「狩」といえば「鷹狩」のみを指した。現代の俳人・鷹羽狩行の筆名は、おそらくこの本意にしたがったものだろう。本名を「高橋行雄」という。山口誓子の命名だと聞いたことがあるが、なかなかに洒落ていて巧みなもじりだ。『礼拝』(1959)所収。(清水哲男)


June 1362004

 座席下に救命胴衣五月晴

                           津田清子

は「土佐日記」と題された連作の一句目。梅雨最中、案じていた天候が回復して青空が広がった。客室乗務員の説明通りに、座席の下には救命胴衣もちゃんと備わっている。備えあれば憂い無し、これで安心、幸先が良い。旅立ちの喜びが、素直に素朴に伝わってくる。二句目に「青杉山土佐の背骨のありありと」とあるので、船ではなく飛行機の旅と読むほうがよいだろうか。ただ臆病な私だけの感じ方かと思うが、飛行機にせよ船にせよ、乗るとすぐに救命胴衣のことを説明されると、途端に出発の喜びに翳りがさしてしまう。それまでは忘れていたことだけに、イヤな感じになる。というのも、救命胴衣が用意されていることと着用の仕方を教えられても、実際に触って試すことは禁じられているからだ。あれはいったい、どうしてなのだろうか。いざという場合に、半ばパニック状態のなかで冷静に説明を思い出して着用などできるものだろうか。到底、その自信はない。調べてみると、航空事故調査委員会が1982年に日航のJA8061型機が羽田沖に墜落した事故について、こんな報告書(建議書)を出していた。「JA8061の事故の場合、救命胴衣の所在場所が分からない乗客、救命胴衣の装着方法が分からなかった乗客が見受けられた。大型旅客機であっても、緊急着水した場合、海面に機体が浮いている時間は短く、一刻も早く救命胴衣を格納場所から取り出して、迅速かつ的確に装着し、適切な時機にこれを膨張させることが必要である。現在では、航空機内において客室乗務員が救命胴衣の装着デモンストレーションを行い、その格納場所を指示するなどしており、説明パンフレット等も座席後面のポケットの中に入っているが、JA8061の事故時の状況を省みるとき、救命胴衣に係る情報の乗客へのより一層の周知の方法について検討する必要がある」。その後どういうことが検討されたのかは知らないが、何かが変わったとは思えない。周知徹底は簡単なのに……。ただ「試着」させてくれさえすれば、それでよいのだからである。「俳句研究」(2004年7月号)所載。(清水哲男)


June 1862005

 薔薇の園少女パレット開けずじまひ

                           津田清子

語は「薔薇」で夏。「少女」は同行の女の子だろうか。あるいは、作者の少女期を思い出しての作かもしれない。いずれにしても、薔薇の花を描こうとせっかく用意していった絵の道具を、とうとう「開(あ)けずじまひ」にしてしまったと言うのである。あまりの薔薇の華麗さに気後れしたこともあるかもしれないが、むしろ出かける前に想像していた「薔薇の園」の様子が、予想とはかけ離れていたことのほうが大きかったのではあるまいか。たとえば、こんなに見物の人が多いとはだとか、花の種類の多さに戸惑ったとか……。それですっかり、描きたい気持ちが萎えてしまったのだ。「パレット」を持っていくくらいだから、絵には自信があるのだろう。だが、そういう場所で絵を描くためには、大きく言えばその場の環境全体に馴染むことが先決だ。絵の道具があっても、場所を味方にできないとどうにもならない。そしてこのことは何も絵に限ったことではないのであって、人生諸事においても、ついにパレットを開かずに終わることの何と多いことだろう。私なども、つい言うべきことを言いそびれたり、なすべきことを他日に延ばしてしまったりと、その場の雰囲気に負けてしまったことは、世間知らずの若年のときほど多かったように思う。何もしなかったこと、できなかったことの積み重ねも、また人生である。その意味においては、句の少女はやはり作者の若き日の姿だと読むほうが適当かなと、だんだんそんな気がしてきた。「俳句研究」(2005年7月号)所載。(清水哲男)


December 14122007

 無方無時無距離砂漠の夜が明けて

                           津田清子

漠の句だから無季。無方向、無時間を無方、無時と縮めていうのはかなり強引だが、この強引さが現場での感動の強さをそのまま表している。清子は誓子門の逸材。誓子は切れ字「や」「かな」を極度に嫌った。古い俳句的情緒を否定し、同時代の感興を俳句に盛ろうとした。この切れ字否定と同時代的感興を盛ること。この二点では誓子は新興俳句運動の先鞭となったが、季語使用については遵守を唱え、やがてその運動とは一線を画した。季語遵守でありながら、旧情緒否定ということは、「写生」という方法の中で現実のリアリティを求めていくということ。しかし、それはどうしても季語があらねばならないという必然性は薄い。現実の風景を構成していく上で季節感の果たす意義を認めたとしてもである。この句、海外詠だから季語は無くても当然という理屈では解決できない問題点を提起する。そのとき、その瞬間の自分の感動を、自分の五感とのなまの触れあいを通して表現するという方法を字義通り実践すると季語はどうしても一義的な要件ではなくなる。感動の核の中で季語の存在意義は薄れてくるのである。別冊俳句「平成秀句選集」(2007)所載。(今井 聖)


October 16102009

 とぶ意思なきはたはた次は誰と遭ふ

                           津田清子

たはた(ばった)が飛ぶ意思がないとどうしてわかるのか。それは人が近づいても飛ぼうとしないからだ。飛ぼうとしないばったにこれから何人の人が気づくのだろう。広大な世界の中のほんの一点に確かに息づく生命があって、その存在にかかわることなく無数の存在が通りすぎていく。このはたはたは実は作者そのものだ。人間そのものだ。という寓意に入る前に対象そのもののリアルが生かされていることが優れた「詩」の条件だと僕は思う。生て在ること、そのものの途方もないさびしさをこのはたはたが訴えかけている。『新日本大歳時記』(1999)所収。(今井 聖)


December 18122009

 天の贅地の贅雪に日が射して

                           津田清子

みぶりがからっとしていて、俳句の臭みのようなものが感じられない。こういう句が誓子文体本流の句である。雪は積雪のこと。一切が雪に覆われた世界に日が射している。空は青空。まさに天の贅地の贅だ。ひいてはこの世の贅、生きて在ることの贅に通じる。誓子が切れ字を嫌ったのは、古い俳句的情緒の臭みを嫌ったから。切れ字を排する代わりに五七五のリズムを一度壊した上で自己にひきつけて新鮮なリズムを構築する。誓子文体の中に、作者によって内容のオリジナルが盛られている。「角川俳句年鑑」(2009)所載。(今井 聖)




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