ト賭句

January 0612002

 ワインロゼほのかに残り姫始

                           斉藤すず子

語は「姫始(ひめはじめ)」で新年。不思議な季語だ。一般的には、たとえば矢島渚男の「姫始闇美しといひにけり」のように、新年最初の男女の交わりを指す季語と受け取られてきたようだ。「姫」という以上は、もちろん男からの発想である。だからだろう、ほとんどの歳時記には載せられていない。ならば、掲句はどうだろうか。ほのかなるエロティシズムが漂ってくるようでもあるけれど、しかし、作者は女性だ。女性が無頓着に男本位の季語を使うはずはあるまいと、この句が載っている歳時記の季語解説を読んでみて、やっと本意に近い解釈を得ることができたと思った。柴田奈美の解説を転記しておく。「正月二日。由来は諸説があるが、一説に『飛馬始』の意で、乗馬始の日とする。別説では火や水を使い始める『火水始』であるとする。また男女交合の始めとする説もある。妥当な説としては、『■■始』(清水註・肝心の「■■」の文字はJISコード外なので、パソコンの機種によっては表記されない。いずれも「米」に「扁」と「索」で「ひめ」と読む)つまり釜で炊いた柔らかい飯である姫飯(ひめいい)を食べ始める日とする説が挙げられる。強飯(こわめし)を食する祭りの期間が終わって、日常の食事に復するのが姫飯始、略して『姫始』となったと考えられる」。すなわち掲句は、お節料理から開放され、久しぶりにワインで洋食を味わった喜びを詠んでいるというわけだ。さして上手な句ではないが、「姫始」の本意を詠み込んでいるという意味で、貴重な現代句ではある。『新日本大歳時記・新年』(2000・講談社)所載。(清水哲男)


July 2072002

 うなぎの日うなぎの文字が町泳ぐ

                           斉藤すず子

語は「うなぎの日(土用丑の日)」で夏。ただし、当歳時記では「土用鰻」に分類。この日に鰻(うなぎ)を食べると、夏負けしないと言い伝えられる。今年は今日が土用の入りで、いきなり丑の日と重なった。したがって、この夏の土用の丑の日はもう一度ある。鰻にとっては大迷惑な暦だ。句のように、十日ほど前から、我が町にも鰻専門店はもちろんスーパーなどでも「うなぎの文字」が泳いでいる。漢字で書くと読めない人もいると思うのか、たいていの店が「うなぎ」と平仮名で宣伝している。面白いのは「うなぎ」の文字の形だ。いかにも「うなぎ」らしく見せるために、にょろにょろとした形に書かれている。なかには、実際の姿を組合わせて文字に仕立てた貼紙もあって、句の「うなぎ」表記はなるほどと思わせる。作者は、夏が好きなのだ。もうこんな季節になったのかと、町中を泳ぐ「うなぎ」に上機嫌な作者の姿がほほ笑ましい。今宵の献立は、もちろんこれで決まりである。私は丑の日だからといって鰻を食べようとは思わない性質(たち)だけれど、世の中には、こういうことに律義な人はたくさんいる。名のある店では、今日はさしずめ「鰻食ふための行列ひん曲がる」(尾関乱舌)ってなことになりそう……。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)




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