お台場「船の科学館」で柳田晴美写真展。全国の滅びゆく木造船を撮影した写真群。




2002N316句(前日までの二句を含む)

March 1632002

 子らの皆東京へ出し種おろし

                           太田土男

を読んで、一瞬むねの内に苦い思いの走る世代は、確実に存在するだろう。1980年(昭和55年)の作。季語は「種おろし」で春。「出し」は「でし」と読ませている。種おろしは苗代に種を蒔くことであり、「種蒔(たねまき)」と同義だ。野菜や花の種を蒔くことは「物種(ものだね)蒔く」と言って、古くから季語的には区別されてきた。それだけ、米作りは大切だったのだ。解釈の必要はあるまい。働き手の「子ら」はみな東京へ出ていってしまい、この春は残った家族だけの寂しい種蒔となった。蒔きながら、東京で「皆」元気にしているかなと気づかう親ならではの思いが滲み出ている。他方、東京へ出た子らも、いまごろは種蒔で大変だなと親の苦労を思いやっている。どこにもそんなことは書いてないけれど、そういう句だ。東京や大阪などの大都会に若者が流出し、父親もまた出稼ぎに行った時代。田舎を出る人のおおかたは、戦前のような立身出世を夢見てではなかった。農業ではお先真っ暗と察知しての若者たちの決意からであり、現金収入を得たいがための父親たちの里離れだった。「三ちゃん農業」と言われ、農作業は「かあちゃん、じいちゃん、ばあちゃん」の手にゆだねられ……。そもそもの発端は、1961年の「農業基本法」公布にある。端的に言えば、法の真意は小農の切り捨てだった。いまでは育苗箱への種蒔がほとんどだから、まず句のような情景は見られない。しかし、掲句にずきんと反応する人は、依然として多く都会で暮らしている。もとより、そのなかには政治家もいる。『太田土男集』(2001)所収。(清水哲男)


March 1532002

 雲呑は桜の空から来るのであらう

                           摂津幸彦

国では、正月(むろん旧暦の)に「雲呑(わんたん)」を食べる風習があるというが、その形といい味といい、どことなく春を思わせる食べ物だ。点心(てんしん)の一つ。食べながら作者は、ふっとこう思った。この想像が、我ながら気に入って、句にしてしまった。句にしてからもう一度読み下してみて、ますます「あらう」の確信度が強まってきた。そんな得意顔の作者の表情には稚気が溢れていて、微笑を誘われる。地上の艶なる桜のあかるみを、空に浮かぶ雲が写している。あの雲が、この雲呑ではないのか。この想像は、悪くない。楽しくなる。何も連想しないで何かを食べるよりも、このようにいろいろと自然に想像力が働いたら、どんなにか楽しいだろうな。そういうところにまで、読者を連れていく……。なんだか無性に雲呑を食べたくなってきたが、あれは単体でさらりと食べるほうが美味い。世に「雲呑麺」なるメニューがある。けれども、ラーメンライスと同じように、ただ腹を満たすためにはよいとしても、どうしてもがっついた感じが先行する。それに私だけの味覚かもしれないが、雲呑と麺とは基本的に相性がよろしくない。食感が、こんがらがってしまうのだ。さて、間もなく桜の季節がやってくる。花見の後には、雲呑をどうぞ。『鸚母集』(1986)所収。(清水哲男)


March 1432002

 子猫ねむしつかみ上げられても眠る

                           日野草城

語は「子猫(猫の子)」で春。猫は春に子を生むことが、最も多いからだとされる。猫好きでないと、こういう句は作らないだろう。この愛くるしさに、冷淡にも「それがどうしたの」と言われても困ってしまう。可愛いから、可愛いのである。作者の猫好きはかなりのものだったようで、病床にすら常に子猫が何匹かいたという目撃者(大野林火)がいるほどだ。離乳直後くらいの子猫は、たしかに「つかみ上げられても」、眠ったまんまのときがある。もっとも、猫は元来が夜行性の動物だから、限りなく自然体にある子猫としては、どうされようとも昼間は眠っているのが本来の生態なのだろう。その子猫が、もう少し大きくなってくると、上野泰が詠んだように「貰はれる話を仔猫聞いてをり」と、可哀想なことになる場面も出てくる。しかし、この句もまた、猫好きだからこその発想だ。哀れにも愛くるしい姿とは、写る人にしか写らない。ところで、掲句は子猫を「つかみ上げる」としている。手で上から一瞬つかみ、後はすくい上げて掌に乗せるという感じなのだろう。相手が子猫だから、首筋をつまみ上げるのとは違うと思うが、一般的に(と言っても、最近の飼育方法には無知だけれど)何故、猫は首筋をつまみ上げるのか。猫には、あれでよいのだろうか。子供の頃に一度だけしか飼ったことのない素人には、よくわからぬままに来てしまった。『日野草城句集』(2001)所収。(清水哲男)




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