♪Take me out to the ball game …。サア、花だ、野球だ、ついでに仕事だ。




2002N325句(前日までの二句を含む)

March 2532002

 にぎやかな音の立ちけり蜆汁

                           大住日呂姿

語は「蜆(しじみ)」で春。松根東洋城に「からからと鍋に蜆をうつしけり」があるが、私の知るかぎりでは、蜆のありようを音で表現した句は珍しい。どちらかと言えば、庶民の哀感を演出する小道具にされることが多く、それはそれで納得できるけれど、たしかに蜆を食するには音から入るということがある。「あったりまえじゃん」などと、言うなかれ。蜆の味噌汁の美味さは、この音を含んでこその味であることを再認識させてくれるのが掲句である。いや、作者自身も音の魅力にハッと気がついての作句なのだろう。もう一つ、俳句でしかこういうことは言えないなあ、とも思った。家族そろっての朝餉だろうか。いっせいにシャカシャカと「にぎやかな音」がしていて、明るく気持ちよい。今日一日が、なんとなく良い方向に進みそうな気がしてくる。月曜日の朝は蜆汁にかぎる。そんなことまで思ってしまった。食べ物と音といえば、某有名歌手が食事のときに音を立てることを極度に嫌ったという話がある。だから、蕎麦屋に連れていかれた人たちは大迷惑。音を立てて食べることが許されない雰囲気では、美味くも何ともなかったと、誰かが回想していた。『埒中埒外』(2001)所収。(清水哲男)


March 2432002

 花三分睡りていのち継ぐ母に

                           黒田杏子

い間、病臥している母だ。すっかり小さくなった身体を、一日中横たえている。作者には、彼女がひたすら「いのち継ぐ」ためにのみ、睡(ねむ)っているように写っている。季節はめぐりきて、今年も桜が咲いた。母が元気だったころの桜の季節もしのばれて、いっそう悲しい気持ちがつのる。母はもう二度と、みずからの力で桜花を愛でることはないだろう。このときに「三分」の措辞は絶妙である。「二分」でもいけないし、「八分」でも駄目だ。「三分」は母の薄いであろう余命の象徴的表現でもあるので、実際の咲きようが「二分」や「八分」であったとしても、やはり作者は断固として「三分」と詠むのである。詠まねばならない。そして、桜の「三分」は、これからのいのちに輝いていく「三分」。比するに、母の「三分」は、余命をはかなくも保つ灯としての「三分」なのだ。そこには、強く作者の願望もこめられているだろう。この悲しさ、美しさ……。読者の背筋を、何かすうっと流れていくものがある。名句である。「俳句界」(2002年4月号)所載。(清水哲男)


March 2332002

 美しき名を病みてをり花粉症

                           井上禄子

語は「花粉症」で春。といっても、ようやく最近の歳時記に登録されはじめたところで、分類も「杉の花」の一項目としてである。幸いにも、私は花粉症を知らないが、多くの友人知己がとりつかれており、見ているだけで息苦しくも気の毒になる。なかにはアナウンサーもいて、職業柄、これはまさに死活問題。ついこの間も、彼が必死の放送を終えると、気の毒に思ったリスナーからよい医者を紹介したいと善意のファクシミリが届き、診療時間を調べてみたら、どの曜日も彼の仕事時間と重なっていた。「ああ」と、彼は泣きそうな顔で苦笑いを浮かべていた。だから、花粉症の人々にとっては、掲句を観賞するどころか、むしろ腹立たしいと思う人が多いかもしれない。作者が自分のことを詠んだのだとしたら軽度なのだろうが、しかし、他人のことにせよ、「美しき名を病みてをり」には一目置いておきたい気がする。たまたま読んでいた金子兜太の『兜太のつれづれ歳時記』に、関由紀子の「水軽くのんで笑って花粉病」に触れた文章があった。花粉症ではなく「花粉病」だ。「『病』が効いていて、『花粉に病む』などとどこかの美女麗人を想像させてくれる」とあり、掲句の作者と同様に、病名(症名)そのものへ美意識が動く人もいるのだと、妙に感じ入った次第だ。ちなみに、兜太自身も六十代には花粉症に悩まされたと書いてあった。『新日本大歳時記・春』(2000・講談社)所載。(清水哲男)




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