J@句

February 2622005

 紅梅や海人が眼すゝぐ二十年

                           谷川 雁

語は「紅梅」で春。前書きに「贈吾父」とあるから、父親に贈った句だ。この句については、作者の兄である谷川健一の説明がある。「わたしたちの父は眼科医だったのですが、病院の敷地に紅梅がありまして、父親はどこにも出かけないで、その紅梅を見ながら海人(あま)の眼ばかりをすすいでいたというわけです。海岸べりの土地でしたから、漁民が多かったのですが、水がよくなく眼を悪くする人が多かったのだと思います」。日々多忙を極めてはいるが、裕福ではない医者の姿が浮かんでくる。紅梅の季節がめぐってくるたびに、作者はそんな父親像を思い出し、優しい気持ちになったのだろう。私が谷川雁に会ったのは学生時代、三池炭坑闘争の最中であった。学園祭や何かで、何度か講演してもらった。第一印象は詩人というよりも策士という雰囲気で、しきりに学生運動などはヘボだと言われるのには閉口した。あるとき思い切って「でも、谷川さん。そんなに物事をひねくってばかり取らないで、素直に受け取ることも必要じゃないでしょうか」と聞いたことがある。と、雁さんは即座に「素直で革命なんかできるものか」と吐き捨てるように言った。思い返せば至言だとは思うけれど、しかしどうだろう、掲句の素直さは……。こういう一面は、決して私たち学生には見せようとしない人だったが、酔うと下手な冗談を連発したようなところは、どこかでこうした優しい心情につながっていたような気もする。「現代詩手帖」(2002年4月号)所載。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます