Rq句

June 3062005

 三つ矢サイダーきやうだい毀れやすきかな

                           奥田筆子

語は「サイダー」で夏。「サイダー」といえば「三つ矢」。正確には「三ツ矢」だが、かれこれ120年の歴史を持つ。昔は現在のように一人用の容器ではなく、大きな瓶に入っていたので、家族で注ぎ分けて飲んだものだ。作者はいま、独りで飲んでいる。飲みながら、サイダーを好んだ子供の頃を思い出している。そして、あんなにも仲良く分け合って飲んだ「きやうだい(兄弟姉妹)」とも、すっかり疎遠になってしまっていることを、何か夢のように感じているのだ。むろん寂しさもあるが、親密な関係があまりにもあっけなく「毀れ(こわれ)」てしまったことへの不思議の気持ちのほうが強いのではあるまいか。日盛りのなかのサイダー。いわば向日的な明るい飲み物であるだけに、「きやうだい」間にどんな事情があったにせよ、疎遠になってからの来し方が信じられないほどの昏さを伴って思い返されるのである。別の作者で、もう一句。「サイダーに咽せて疎遠になる兆し」(平山道子)。相手との会話が、いまひとつ弾まないのだろう。咽(む)せたくて咽せたわけではなかろうが、しかし心のどこかでは、気まずい雰囲気をとりつくろうために咽せたような気もしている。そんな作者に、相手は「だいじょうぶ?」と声をかけるでもなく……。相手は同性だと見た。これまた明るい飲み物を媒介にして、昏さを無理無く引き出している。以上、サイダー受難の二句であります。現代俳句協会編『現代俳句歳時記・夏』(2004)所載。(清水哲男)




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