Xg句

June 0462008

 満山の青葉を截つて滝一つ

                           藤森成吉

書に「那智の滝」とある。滝にもいろいろな姿・風情があるけれど、那智の滝の一直線に長々と落ちるさまはみごとと言わざるを得ない。すぐそばでしぶきを浴びながら見あげてもよし、たとえば勝浦あたりまで離れて、糸ひくような滝を遠望するのも、また味わいがちがって楽しめる。新緑を過ぎて青葉が鬱蒼としげる山から、まさにその万緑をスパッと截り落とさんばかりの勢いがある。「青葉」「滝」の季重なり、などというケチくさい料簡など叩き落す勢いがここにはある。余計なことは言わずに、ただ「截つて」の一言で滝そのものの様子やロケーションを十二分に描き出して見せた。いつか勝浦から遠望したときの那智の滝の白い一筋が、静止画の傑作のようだったことが忘れられない。ドードーと滝壺に落ちる音が、彼方まで聞こえてくるようにさえ感じられた。「青葉を截つて」落ちる滝が、あたりに強烈な清涼感を広げている。ダイナミックななかにも、「滝一つ」と詠むことで一種の静けさを生み出していることも看過できない。よく似た句で「荒滝や満山の若葉皆震ふ」(夏目漱石)があるが、こちらは「荒」や「震ふ」など説明しすぎている。成吉には「部屋ごとに変はる瀬音や夏の山」という句もあるが、澄んでこまやかな聴力が生きている。左翼文壇で活躍した成吉は詩も俳句も作り、句集『山心』『蝉しぐれ』などがある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


January 1512014

 水仙の花に埃や小正月

                           藤森成吉

のことを知っている人は少ないと思われるが、元日から始まる正月が「大正月」と呼ばれる。それに対して、1月14〜16日は「小正月」と呼ばれるということ。私も「大正月」という呼び方は知らなかった。「大正月」の終わりの日が「小正月」になる。また「大正月」が「男正月」とも呼ばれるのに対し、「小正月」は「女(め)正月」とも呼ばれる。この呼び方は知っていた。現在ではどうなっているかわからないが、この日に女性だけで酒盛りをする地方もあったとか。私が子どものころ、この日ばかりは父が朝飯を炊いていたことを記憶している。「女は休んで、男が台所をする日」と教わった。へえ。働き者の母はちゃんとゆっくり休んでいたのだろうか? 「女正月」は年末年始に格別忙しかった女性を、慰労する意味があったものと思われる。毎日、きちんと水仙の面倒を見ていた女性が、この日ばかりは休んでいるから、水仙の花にうっすらと埃がついているというのだろう。どことなくのんびりした雰囲気が漂っていて、結構な風習じゃないか。左翼文学者だった成吉は短歌や詩も作ったが、俳句も多く句集が二冊ある。他の句に「犬さきにもどりて行くや出初式」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)




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