O句

July 1772008

 炎天より入り来し蝶のしづまらず

                           松村禎三

戸さえろくになかった昔、暑くなってくれば縁側のガラス戸を全開にして庭からの風を招き入れた。くらっとくる炎天の明るさに比べ、軒深く電気をつけない家の座敷は暗かった。白昼の家はひっそりと物音もせず、箪笥の向こう側や廊下の陰に誰かが潜んでいそうで、一人で留守番するのが怖かった。掲句の情景には覚えがある。蝶だけではない、スズメやカナブンなど、いろんな生き物が家の中に入ってきた。今まで自分が自由に振舞っていた世界とは明らかに異質の空間に迷い込んだことに、驚いているのは迷い込んだ生き物自身だろうが、いたずらに騒いで見当違いな場所へ身体と打ちつけるばかりで、なかなか外へ出ることが出来ない。暗い部屋に飛びこんできた蝶の動きを目で追っている作者。結核にかかり音楽家としての将来を一時断念するかたちで若くして療養所に入らなければならなかった彼は、音楽の師池内友次郎の導きで俳句をはじめた。希望にあふれた人生から一転、病臥療養の生活へ追い込まれた自身の焦燥感を行き場を失った蝶に重ねているのか、いつまでも静まらない蝶の羽ばたきを凝視している作者の視線を感じる。『松村禎三句集』(1977)所収。(三宅やよい)




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