O句

April 1842009

 ふらここに坐れば木々の集まれり

                           井上弘美

寄駅を出るとすぐ、通勤電車の車窓にこんもりと木々が見え、ああ、また丘がふくらんできたなあ、と実感している。この丘は公園になっていて、不必要な整備が好きな私の住む区にしては、木も地面もまあそのままの貴重な場所だ。その広い公園の端に、すべり台やぶらんこなど遊具が置かれている一画がある。人がいないのを見計らって、逆上がりをしてみたりぶらんこを思いきり漕いだりするのだが、ちょうど今頃がぶらんこには心地よいかも、とこの句を読んで思う。萌え始めた木々に囲まれたぶらんこを遠くから見ている作者。ゆっくりと近づいてぶらんこの前に立つ。体の向きを変え、鎖をつかみながら、その不確かな四角に腰を乗せ、空を仰いだ途端、ぶらんこを囲んでいる木々に包みこまれたような気持ちになったのだろう。そして風をまといつつ、しばらく揺られていたに違いない。〈うらがへりうらがへりゆく春の川〉〈野遊びの終りは貝をひらひけり〉など春の句で終わる句集の最後の一句は〈大いなる夜桜に抱かれにゆく〉。『汀』(2008)所収。(今井肖子)


June 1262015

 翼あるものみな飛べり夏の夕

                           井上弘美

類は空中を飛ぶために前足を発達させ翼を得たと言われる。翼あるものみな飛ぶ、飛行機だって両翼を持っている。ギリシャ神話のイカロスは鳥の羽を集めて、大きな翼を造った。高く、高く飛んでしまったため太陽に近づくと、羽をとめた蝋(ろう)が溶けてしまったそうだ。とある夏の夕暮れにねぐらへ帰る鴉を飽きることなく見送って妄想を燻らせる。わが人体を如何に浮遊させんか、、、さてそれからの吾が夢は一体どこへ羽ばたくのやら、夜が短い。他に<母の死のととのつてゆく夜の雪><月の夜は母来て唄へででれこでん><花食つて鳥は頭を濡らしけり>などあり。『井上弘美句集』(2012)所収。(藤嶋 務)




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