ヒ恒l句

June 0262009

 黒南風や無色無臭の象の檻

                           戸恒東人

ともと風が肝心な船乗りの間で使われていたという黒南風(くろはえ)と白南風(しろはえ)。梅雨に入って陰鬱な暗い雲から放たれる南風を黒南風、梅雨が明けて青い空に白い雲が浮かぶような頃になると白南風。湿度による重苦しさを黒と白の色によって区別することで、南風は人間との関わり合いをより深く持つようになった。掲句は象の檻に吹き抜ける黒南風。巨大な象のすみかを前にして、そこが無色無臭であることが強烈な違和感を際立たせる。野生の動物たちは、自然界のなかで色彩によって身を隠し、匂いで仲間を確かめ合う。無色無臭とは人工の極地であろう。記憶の彼方の樹木や果実の色、灼熱の太陽や砂塵の匂いを思い出しながら、象は人臭い檻のなかで残りの一生を過ごす。象は人間の聞き分けられる周波数よりずっと低い、5ヘルツという超低周波音で発声しているという。無味乾燥な檻の内側でつぶやき続ける象の悲しいひとりごとが、鬱陶しい梅雨の雲を引き寄せているように思えてくる。『過客』(2009)所収。(土肥あき子)


July 0372012

 麦笛や♪めぐるさかづき♪あたりまで

                           戸恒東人

句の歌詞は「春高楼の花の宴」で始まる土井晩翠作詞滝廉太郎作曲の『荒城の月』。このあと、♪めぐるさかづき♪が続く。これでワンコーラスという短い間であることが分るのだから、唱歌というのはすごいものだ。麦笛は茎の空洞を利用して、息を吹き込む。折り取った茎の途中に、爪や歯を使って小さな穴を開けたり、茎に葉を巻いて吹くなど方法はさまざまだが、どちらも折り口に唇を当てれば、清涼感あふれる香りが胸を満たす。『荒城の月』は古風な歌詞に西洋風のメロディーが融合した名曲とされるが、子ども心にも物悲しく、無常を感じさせるものだった。めぐるさかづき、のワンフレーズあたりが麦笛という小道具をさみしくさせすぎない頃合いなのかもしれない。『白星』(2012)所収。(土肥あき子)




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