Mu句

August 1282009

 群集の顎吊り上げし花火かな

                           仲畑貴志

の夜を彩って、日本各地であげられていた花火も一段落といった時季。これまでの幾歳月、じつに多くの土地でさまざまな花火を見てきた。闇が深くなる花火会場に押し寄せてくるあの大群集は、異様と言えば異様な光景である。花火があがるたびに、飽きもせずひたすら夜空を見あげる顔顔顔顔。その視線や歓声ではなく、掲出句ではあがる花火につり上げられるがごとき人々の顎に、フォーカスしている。そこにこの句のユニークな味わいがある。視点を少々ずらした発見。たわいもなく顎を吊り上げられてしまうかのような群集の様子は、ユーモラスでさえある。花火があがるたびに、夜空へいっせいに吊り上げられてゆく顎顎顎顎。老若男女それぞれの顎顎顎顎。絵師・写楽なら、表情のアップをどのような絵に描いてくれただろうか、と妄想してみたくなる。張子の玉が勢いよく夜空へ上昇して行くにしたがって、群集の顎たちも同時に吊り上げられて行き、空中で開いたり、しだれたりするさまを、目ではなく顎そのものでとらえているのである。コピーライターである貴志には「日向ぼこ神に抱かれているごとく」という句もある。『角川春樹句会手帖』(2009)所載。(八木忠栄)




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