Xリ邦句

June 0262010

 花筒に水させば蚊の鳴き出づる

                           佐々木邦

筒は花を活ける陶製か竹製の筒であろう。ウソではなく本当に、今まさにこの鑑賞を書こうとしたタイミングで、私の左の耳元へワ〜〜ンと蚊が飛んできた。ホントです。(鳴くのは雌だけらしい)あわてて左掌で叩いたらワ〜〜ンとどこやらへ逃げた……閑話休題。花筒に花を活けようとして水を差そうとしたら、思いがけず中から蚊が鳴いて出たというのだ。ワ〜〜ンという、あのいやな「蚊の鳴くような」声に対する一瞬の驚きがある。漱石の木魚から吐き出される昼の蚊ではないけれど、花筒の暗がりに潜んでいた蚊にとっては、思いがけない災難。夏場は、とんでもないあたりから蚊がワ〜〜ンと出てくることがある。木魚からとはちがって、花筒からとはしゃれていて風雅でさえあるではないか。ユーモア作家の先駆けとしてその昔売れっ子だった邦は、鳴いて出た蚊に立ち合ってユーモアと風雅を感じ、しばし見送っていたようにさえ思われる。あわてて掌でピシャリと叩きつぶすような野暮な行動に出ることなく、鳴いて飛び去る方をしばし見送っていたのだろう。「蚊を搏つて頬やはらかく癒えしかな」(波郷)などはどことなくやさしい。邦の夏の句に「猫のゐるところは凉し段ばしご」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)




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