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September 2692010

 夫と来てはなればなれに美術展

                           龍神悠紀子

そらくこの夫婦は、新婚まもなくではなく、結婚してからかなりの月日を過ごした後なでしょう。私自身のことを考えても、結婚前のデートでは、彼女を誘ってしばしばしゃれた美術館へ、見たこともない画家の絵を無理して観に行ったことはあります。しかし、いったんその人と結婚してしまえば、子育てだ、住宅ローンだ、子供の受験だと、次々にやって来る出来事の波を乗り切るのが精一杯で、妻とゆっくりと美術展に行ったことなど思い出せません。子供が大きくなり、手を離れてから、ふっとできた時間の中で、夫婦の足は再びこのようなところへ向くようになるのでしょう。それでも独身時代とは違って、一緒に並んで観て回るなんて、余計な気を遣う必要はもうないのです。絵がつまらないと思えばさっさと次の展示物へ行ってしまうし、あるいは妻が先へ行ったところで、自分がじっくり観たいものはそれなりに時間をかけて観ることができるわけです。ああ、こんなふうに二人ではなればなれになることもできるのだなと、それまでの時間の重なりのあたたかさを、絵とともに見つめることができるのです。『角川俳句大歳時記 秋』(2006・角川書店)所載。(松下育男)




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