July 232011
パスポート軽く大暑の地を離る
高勢祥子
今日のカレンダーに、大暑、とあり暑さが増す。そんな中、なんともうらやましい一句である。パスポート軽く、に惹かれたが、くどくど説明するとせっかくの旅心が台無しになりそうだ。他に〈河童忌やセーヌに足を投げ出して〉〈とり鳴くをふらんす語とも水涼し〉とあるので行き先が想像されるが、セーヌのほとりで芥川を思っている作者は、たくさんの旅の思い出を俳句と共に大切にしまっていることだろう。写真より鮮明に一瞬がよみがえる、そんなこともある俳句である。合同作品集『水の星』(2011)所載。(今井肖子)
July 222011
灯すや文字の驚く夜の秋
坊城俊樹
発想新鮮。灯を点けたら文字が驚いた。この「や」は切れ字だが、何々するや否やの「や」でもある。作者は虚子の曾孫。作風もまた虚子正系を以って任じ「花鳥諷詠」の真骨頂を目指す。僕は俊樹作品から諧謔、洒脱、諷詠、風狂といった「俳句趣味」を感じたことがない。守旧的趣きの季語やら情緒やらを掘り起こしそれを現代の眼で洗い直してリサイクルさせようとする姿勢を感じるものである。たとえばこの一句のように。『零』(1998)所収。(今井 聖)
July 212011
蟻蟻蟻蟻の連鎖を恐れ蟻
米岡隆文
コンクリートに囲まれたマンション暮らしをしているとめったに蟻を見かけない。子供の頃は庭の片隅に座り込んで大きな黒蟻を指でつまんだり、薄く撒いた砂糖に群がる蟻たちの様子をじっと見つめていた。あの頃地面を這いまわっていた蟻はとても大きく感じたけど、今はしゃがみ込んで見つめることもなく蟻の存在すら忘れてしまう日常だ。蟻の句と言えば「ひとの目の中の 蟻蟻蟻蟻蟻」(富沢赤黄男)が思い浮かぶが、この込み入った字面の連続する表記が群がる蟻のごちゃごちゃした様子を表しているようだ。掲句の蟻は巣穴まで一列に行進する蟻から少し離れてぽつねんといるのだろう。その空白に集団に連なる自分の不安感を投影しているように思える。『隆』(2011)所収。(三宅やよい)
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