i@O句

July 2672011

 幽霊坂に立ちて汗拭く巨漢かな

                           福永法弘

漢に「おとこ」とルビあり。日本中の地名が合併統合などによって整理され、分りやすさ重視のそっけない名前に変更されているなか、東京にある多くの坂には昔の面影を偲ばせる名が残されている。掲句は神田淡路町の幽霊坂で「昼でも鬱蒼と木が茂って、いかにも幽霊が出そうだから」と由来される。そこに立つ汗まみれの大男は実像そのものでありながら、坂の名によってどこか現実離れした違和感を刻印する。ほかにも、文京区には「やかんのような化け物が転がり出た」という夜寒坂や、「あまりに狭く鼠でなくては上り降りができない」鼠坂など、車が行き来する道路の隙間に置き去りにされたような坂道が残されている。もっとでこぼこして、野犬がそぞろ歩き、日が落ちればたちまち人の顔も見分けられないほど暗くなっていた頃の東京(江戸)も、おおかたは今と同じ道筋を保ち、町がかたち作られていた。今も昔も、人々は流れる汗を拭いながら、この坂を上り降りしていたのかと思うと、ひとつひとつの坂が愛おしく感じられる。掲句が所収される『千葉・東京俳句散歩』(2011)は、北海道、鹿児島に続いて作者の3冊目となる俳句とエッセイのシリーズである。東京23区、千葉54市町村のそれぞれの横顔が俳句とともにつづられている。(土肥あき子)




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