Nv句

August 3182011

 鯉の口ゆつくり動く残暑かな

                           中上哲夫

かろうが寒かろうが、鯉はゆっくり口をあけてエサを食べ、水を飲む。もちろん残暑の頃になっても、変わることなくパクパクやっている。まだ暑さがつづいてうんざりしているときに、所在なく池の鯉を見ていると、いつしか鯉の口に目を奪われてしまうということだろう。水中の鯉にとって残暑など関係ないだろうけれど、残暑という、季節が移り変わるときであるだけに、作者にはわけもなく鯉のパクパクが気になっている。短いヒゲを揺らしながら、ゆっくり動く鯉の口はいとしい。刀の鞘口のことを「鯉口」とは言い得て妙である。哲夫はむかし、飲んだ後みんなと別れる際に「帰って詩を書こう」と言って笑わせるのがクセだったけれど、居合わせたみんなはひそかに疑っていたはず。帰って、果たして詩を書いたかイビキをかいたか……。今は彼が主宰している句会のあと、「帰って俳句を書こう」などと言っているのかどうか。俳号はズボン堂。彼は近年、余白句会のほうには投句だけしているが、月並み句があったり、思いがけない佳句があったり、振幅が大きいのも彼らしい。他に「猫のひげだらりと垂れて秋暑し」がある。「OLD STATION」14号(2008)所載。(八木忠栄)


July 0872015

 肩先でジャズ高鳴るや夏の渓

                           中上哲夫

ャズと中上哲夫とは切っても切れない仲である。それはある意味で羨ましいことだし、ある意味で不幸なことでもあろう。「夏、丹沢にて」と題して俳句雑誌に発表(1994)された七句のうちの一句である。親しい詩人たちと渓流釣りに行ったときの句だ。すがすがしい渓流に行ってまで、ジャズが現実に彼の心のなかでか高鳴っている、という状態は幸せと言えば幸せ、不幸と言えば不幸なことではないか。「釣りに集中しなさい!」と言ってやりたくなる。(そういう私は釣りはやらないのだが…。)静かな友人や騒々しい友人たちと一緒に渓流で釣糸を垂れている至福のとき(?)。そんなときに高鳴るジャズ。果たしてそんなときの釣果は? 彼の詩集『ジャズ・エイジ』(2012)に「ーーなんでジャズなんかやるの?/ーー自由になれるからよ/サックスを吹いていると/背中に羽根が生えてくるのよ」という素敵なフレーズがある。それを「ーーなんでジャズなんか聴くの?」と置き替えてみよう。きっと「背中」ではなく「肩先にジャズの羽根」が生えてくるのだろう。新刊の現代詩文庫『中上哲夫詩集』(2015)には、掲出句をはじめ64句が収められている。その勇気を素直に讃えよう。(八木忠栄)




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