堯子句

December 27122011

 温め鳥由の字に宀(うかんむり)かぶす

                           中村堯子

談社日本大歳時記の森澄雄の解説によると「暖鳥(ぬくめどり)」とは「鷹は寒夜、鳥を捕えて、その体温でおのが足を暖め、夜が明けると放ってやるという。連歌作法書『温故日録』にはその鷹は鶻(こつ)となっているが、鶻は放った鳥の飛び去る方を見て、その日はその鳥を捕えないという。」と書かれている。最後の「その日はその鳥を捕えない」という部分に強者が弱者へほどこす慈悲を感じ、真偽のほどより報恩の話しとして事実を超えた季語のひとつである。掲句の由の字に宀をかぶせれば宙になる。ひと晩を生きた心地のしなかった小鳥が放り出された空中を思い、また宀の形が鷹のするどい爪根を思わせる。いつまでもあたたまらない指先をストーブにかざしながら、鳥の逸話と漢字が一致する不思議な一句が心を捕えて離さない。〈鳥渡る紙を鋏がわたりきり〉〈ハンカチを膝に肉派も魚派も〉『ショートノウズ・ガー』(2011)所収。(土肥あき子)


May 1252012

 包丁はキッチンの騎士風薫る

                           中村堯子

句を始めたばかりの頃、風薫る、が春で、風光る、が夏のように感じられなんとなく違和感を持った記憶がある。そのうち、まず日差しから春になってくるとか、緑を渡る風が夏を連れてくるとか、気がついたのか思いこんだのか、その違和感はなくなってしまった。さらに薫風は、青葉が茂った木々を渡る南風を「薫ると観じた」(虚子編歳時記)とあり、香りだけでなく五感でとらえるということなのだろう。掲出句、包丁で一瞬どきりとさせられるが、薫風が吹き渡ってくることで、銀の刃と若葉の緑が輝き合い、キッチンの騎士、という歯切れのよい音と共に清々しさが広がる。『ショートノウズ・ガー』(2011)所収。(今井肖子)




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