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September 2792012

 自転車を盗まれ祭囃子の中

                           山田露結

週、近所の社では秋祭りが行われる。「祭囃子」は歳時記では夏の祭の傍題になっているようだけど、なぜだろう。秋祭りだってぴーひゃらら、と笛、太鼓を鳴らすのだからいいような気がするのだが。神輿が出て、祭囃子も聞こえる人ごみの中で自転車を盗まれ、探し回る心細さ。「自転車泥棒」と言えば有名なイタリアの映画を思うのだけど、うんと小さいころに見たので記憶はおぼろげで雑踏の中で自転車を探してさまようシーンしか思い浮かばない。掲句は「故郷」と題された八句のうちの一句。「海沿いの小さな田舎町に住んでいる。田舎町だからといつて純朴な人たちばかりが暮らしているというわけはない。ここでもやはり人は傲慢で強欲で怠惰で憂鬱で、それゆえに美しいのである」と作者の言葉がある。この句もかの映画のワンシーンのような味わいがある。「彼方からの手紙」(vol.5・2012/8/18)所載。(三宅やよい)


December 17122012

 忘年や水に浸りてよべのもの

                           山田露結

の台所。昨夜の忘年会で使った食器類が、そのまま水に浸っている。ちゃんと洗って片づけてから休めばよかったのにと思うけれど、疲れてしまって、とてもそんな気力はなかったのだ。それこそあとの祭りである。それにしても、何たる狼藉の跡か。この皿は欠けているけれど、いつどんなことでこうなったのか、何も思い出せない。きっとこんな光景は、毎年のことなのだろう。ある意味では、本番の忘年会よりも、こちらのほうに年の瀬を感じさせられる。「さあ、やっつけるか」と腕まくりをして洗いにかかる。水道の蛇口を全開にして洗いはじめると、今年もいろいろあったなあと、はじめて忘年の思いが胸をかすめはじめるのである。『ホームスウィートホーム』(2012)所収。(清水哲男)


January 1012013

 目が見えて耳が聞こえて冬の森

                           山田露結

が多いのが森、森より木が少ないのが林。と小学校のときに漢字を習ったときに教わった覚えがある。本当のところはどうなのだろう。夏の間あんなにも生い茂っていた葉をすっかり落としてしまった冬の森、青空もあらわに、遠くの音もすぐ近くに聞こえる気がする。冬の澄み切った大気に五感も研ぎ澄まされ、自分の目が見えて、耳が聞こえることが今更のように意識される。目が見えて、耳が聞こえる主体は勿論人間である自分なのだろうが、森それ自体が耳をすまし目を見開いているようだ。冬の森と「わたし」の感受性が共鳴しているのだろう。森の中には冷たい大気のように腹を空かせた猛禽類もいて聞き耳をたてているかもしれない。と勝手な想像はどんどん膨らんでゆく。「歩道橋より氷海を見下ろせる」「あゝこれも中古(ちゅうぶる)の夢瀧涸るる」『ホームスイートホーム』(2012)所収。(三宅やよい)


July 2072013

 いつになく酔ひたる喪主のはだか踊り

                           山田露結

めて身近に死を見たのは一緒に住んでいた祖父が亡くなった時。自宅の離れに置かれたその眠っているような顔を不思議な気持ちで眺めていたことを鮮明に覚えている。夏休みも終わりに近い、やりきれないほど暑い日だった。そのせいか、毎年巡ってくる真夏の暑さの記憶の片隅には、かすかな不安がずっと残っている。掲出句の、はだか踊り、形式的分類は夏季ではないのかもしれないが、作者が喪主となられたのは夏だったと思われる。なんともせつないはだか踊り、飲んでも飲んでも酔えない、酔っても酔ってもどうしようもない。句集で読んでから思い出すたび、へろへろと手足を動かしながら全身で泣いているような後ろ姿が浮かんでしまう。〈なきがらに花のあつまる大暑かな〉『ホームスウィートホーム』(2012)所収。(今井肖子)


September 2692013

 ショーウィンドウのマネキン家族秋高し

                           山田露結

ョーウィンドウの中に母、父、男の子、女の子の家族が最新ファッションに身を包み、楽しそうに微笑みあっている。この頃はピクニックにも遊園地にも無縁な生活をしているので、昨今の家族がどのように休日を過ごしているのか、とんと疎くなってしまった。時々電車で見かける家族はショーウィンドウの中にいる家族のように上機嫌でもなく、おしゃべりも弾んでいないように見える。それが現実の家族で、気持ちのよい秋晴れに行楽地へ繰り出しても子供は駄々をこね、父と母はささいなことで怒りだすこともしばしば。せっかくの休日が出かけたことで台無しになることだったあるのだ。ウインドウの中の家族は葛藤がない、身ぎれいなマネキンの家族と澄み切った秋空は空々しい明るさで通い合っているように思える。『ホームスウィートホーム』(2012)所収。(三宅やよい)




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