ホKq句

October 23102012

 つづれさせ終りを変ふる物語

                           石井薔子

づれさせとは「綴刺蟋蟀(つづれさせこおろぎ)」のこと。リッリッと鳴くごく一般的なこおろぎだが、昔の人は「綴刺せよ」と冬支度をうながす声に聞いていた。掲句の「終りを変ふる」とは、物語を読み聞かせながら、ふと悲しい結末を変えてしまうということか。たとえば「人魚姫」のディズニー版のように。原作では人間になるため美しい声と引き替えに足をもらい、最後は海の泡となってしまう悲劇だが、一転ディズニー映画の「リトル・マーメイド」となると、人魚姫は王子と結婚し「そしてふたりは幸せに暮らしました」で終わる。アンデルセンの物語を読んで「どうしてわかってあげないの、王子さまのばか」と涙ぐんだ少女たちの夢が叶ったわけだ。「フランダースの犬」や「マッチ売りの少女」にもハッピーエンド版があるそうだ。あからさまに不幸を避ける風潮もどうかと思うが、たしかに悲しい結末を口にしたくない夜もある。つづれさせの切れ目ない鳴き声が、じきに近づく冬の気配を引き連れてくる。〈集まりて一族わづか曼珠沙華〉〈人形にそれぞれの視野秋の昼〉『夏の谿』(2012)所収。(土肥あき子)


January 2612013

 一枚の葉書が刺さり冬館

                           石井薔子

館、の句はよく目にするが、冬館、は初めてだった。常用の歳時記には掲載されていず「冬に備えてしつらえをした大きな洋館が連想される」(合本俳句歳時記第四版)とある。洋館、とあるのは、館、だからだろうが、でも夏館は確かに緑に囲まれた洋館が目に浮かぶが、冬館はどっしりとした瓦屋根の日本家屋で、広い庭に雪吊りなど見えてもいいのではないかと思う。いずれにしろ、邸宅と呼べるほどの大きなお屋敷だ。この句の冬館は、高い塀に囲まれていて建物自体は見えていない。その葉書が無かったら通り過ぎてしまうところだが、門の脇の郵便受けから葉書の角が斜めにはみ出していることで、塀の向こうのお屋敷が見えたのだろう。刺さり、と表現することで、冬館はますますしんと静まって、冷たい北風が吹きぬけてゆく。『夏の谿』(2012)所収。(今井肖子)


January 3112013

 グリム読む天井に出し雪の染み

                           石井薔子

の頃は「青空文庫」で昔懐かしい童話が手軽に見つけられる。この句に触発され、さっそくグリム童話の「白雪姫」を電子書籍版でダウンロードしてみた。何と日本語訳は菊池寛になっている。「むかしむかし、冬のさなかのことでした。雪が鳥の羽のようにヒラヒラと天からふっていましたときに、ひとりの女王さまがこくたんのわくのはまった窓のところにすわってぬいものをしておいでになりました」と物語は始まる。寝床に入って暗い天井を見ながら母親に読んでもらった童話の数々。天井にしみ出した雪の染みが動物に見えたり、魔法使いの顔になったり、ぼんやりと見つめるうちに深い眠りに引き込まれてゆく。絶え間なく降り積もり雪は雪国では死活問題だろうが、東京に住む私にとっては別世界の象徴でもある。雨の染みではなく「雪の染み」なればこそグリム童話が似つかわしいのだろう。『夏の谿』(2012)所収。(三宅やよい)


September 1892015

 待つことをやめし時より草雲雀

                           石井薔子

雲雀と言っても鳥ではなく昆虫である。コオロギ科に属し、体長六、七ミリと小さな虫。朝の涼しいときから鳴くので地方のよっては「朝鈴」というところもある。夏の盛りもようやく越えて心なしか夕風に涼しさも感じられる頃、作者は人を待っている。どうしても会いたい人、来てくれるのかやっぱり来ないのか気を揉んで待っている。人には待つことが沢山ある。合格通知を待つ、クラス会での再会を待つ、手術の結果を待つ、日出を待つ、始発列車の到着を待つ、定年を待つ、Xデーの到来を待つ、そして貴方は今何を待っていますか。辺りが昏くなり草雲雀が鳴き出した。もう来ないんだ、待つことを止める時が来た。恋はいつでも片想い。<指先で貌をほぐすや寒鴉><介護士の深き喫煙冬の鳥><霜の夜は胎児が母をあたためむ>。『夏の谿』(2012)所収。(藤嶋 務)




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