August 242014
大佛の中はからつぽ台風過
小口たかし
今年は初夏からいくつもの台風が過ぎていきました。甚大な被害に遭われた方も多く、年々その規模が拡大しているように思われます。私もちよっとした影響を受けました。出張先で、道を倒木に遮られ迂回したり、送電線に倒木が寄りかかっているのを、電力会社の人が復旧させている様子を目撃したりです。日本列島に住む者にとって、台風は避けられない脅威です。日常を一変させる災害をやむなく受け入れてきた日本人が、仏教から無常の思想を取り入れたのも自然ななりゆきです。掲句は、大佛の背後を台風が通過する様をとらえています。疾走する雲と不動の大佛。たぶん雨は降っていません。ただ、風には熱風がふくまれています。いつもより輪郭がくっきりしている大佛をながめながら、作者は、ゆく川の流れのように刻々と変化していく空模様に無常をみると同時に、不動の大佛に常住している「からつぽ」の空気に停滞を見いだしたのではないでしょうか。たしかに、大佛の中は換気が悪そうです。大佛という人工物をシニカルに見つつ、台風が過ぎた後の澄み切った青空を予感させます。『四重奏』(1993)所収。(小笠原高志)
August 232014
白桃の浮力が水を光らせる
東金夢明
シンクに水を張って白桃をそっと入れてみた。水に触れた瞬間、表面の産毛に細かい泡がきらきら生まれ、手を放すと桃はゆらりと少し浮く。そして、水中で自重と浮力のはざまを行ったり来たり、指で軽くつつくと沈み切ってしまう直前の危うさでたゆたっていた。無数ともいえる産毛の一つ一つがまとう光は、透明な水をより透明にして想像以上に美しい。白桃という、色合いといい形といいこの上なくやわらかいものと、浮力というやや硬い言葉と、水を光らせる、という断定的な表現との出会いが、この想像以上の美しさを鮮やかに見せている。『月下樹』(2013)所収。(今井肖子)
August 222014
鶺鴒の鳴くてふけふでありにけり
香田なを
鶺鴒は長い尾を振りながら歩きリリッ、リリッと澄んだ声で鳴く。石の鈴を連想させるので石鈴との俗説。広い河川、農耕地、市街地の空地など開けた環境で何処でも見られる。そんな何でもない風景を普段は何気なく見過ごして行く。ところが何でもない普通の日々が突然に失われる事がある。例えば病を得たときなど。出来なくなってしまた生活の諸事、味噌汁の味、気ままな小旅行、サッカー観戦や仲間との談笑。何でもない普通の事も出来ないとなれば羨ましい。そんな時ふっと命を考え儚さを想う。鶺鴒が鳴いている。それを見ている私が今確かにここに在る。万事はこれだけで佳しと思う。作者も病を得た事を機に一書を上梓したと言う。命愛しや。『なをの部屋』(2013)所収。(藤嶋 務)
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