June 072015
高原の空は一壁水すまし
平畑静塔
昭和46年上梓の『栃木集』所収です。各地を吟行した句集で、掲句は長野で作られました。「空は一壁」から雲はなく、広く晴れ渡った無風状態を想像します。また、「一壁」は「一碧」に通じて、空は濃い紺碧色のようです。今日の空は完璧だ、という思いもありそうです。作者の視線は、空から一転して池に目を落とします。無風の水面は、紺碧の空を映して鏡のようです。そんな、絶好の舞台に登場する一匹の水すましは、六本の細い脚がわずかに水紋を描き、明鏡止水の水面に波紋をもたらします。しかし、その崩れも束の間で、やがて一壁の空を映す水面は、完全な平面に戻ります。静中動在り。鍼ほどにか細い脚が、一瞬水面の天を動かす面白さ。なお、作者は和歌山出身なので、「水すまし」は甲虫のそれではなく、「あめんぼ」の別名として読みました。(小笠原高志)
June 062015
口癖は太く短くビール干す
後藤栖子
太く短く、が例えば夫の口癖だとすれば、もうその辺で止めておいたら、と気遣っている妻に向かって、いいんだよいいんだよ、ビールが無くて何の人生だ、などと言っていそうだ。しかし飲み仲間でも、最後までビール、という人は数えるほどしかいない、真のビール好きである。飲む、でも、酌む、でもなく、干す、の勢いが、ビールらしく軽やかだが、作者の後藤栖子さんは二十代から病と闘われて、平成二十年六十七歳で亡くなられたと知った。そんな作者自身の言葉だとすると、太く短く、はまた違ったものになる。背景から作者の真意を読み解くこともひとつ、短い十七音の第一印象から読み手自身の中で自由に広げていくのも俳句ならではだが、いずれにしてもこの句のビールの持つ明るさは変わらない。『新日本大歳時記 夏』(2000・講談社)所載。(今井肖子)
June 052015
万緑やいのちは水の匂いして
東金夢明
見渡すかぎり緑の世界が広がっている。思えば地球は水の世界。たっぷりと水を吸って豊かに緑が育まれている。この水の中にわれらが「いのち」は生まれ、緑なす大地の風を呼吸している。時は今、新緑萌え盛り鳥は鳴き花は咲き誇っている。風の中に漂う水の匂いを感じつつ、様々な命が満々たる緑に包まれている。この地球に緑に命にそして水の匂いに乾杯!<振り向けば振り向いている雪女><喉ぼとけ持たぬ仏や秋の風><木枯の着いたところが地下酒場>など。『月下樹』(2013)所収。(藤嶋 務)
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