艪句

June 2762015

 茄子漬の色移りたる卵焼

                           藤井あかり

供の頃から茄子の漬物が好きだった。糠漬けの茄子は、祖父母、父母、妹との六人家族時代、祖母と二人だけの好物で、よく台所の片隅でこそこそ食べた。その頃紫陽花の花を見て、茄子の漬物みたいな色だよね、と母に言って、あなたは俳句には向いていないわね、と言われたことも思い出す。あの美しい茄子色も、卵焼きに移ってしまうとやや残念ではあるが、黄色い卵焼きを染めてしまった茄子漬の紫がどれだけ鮮やかか、ということがよくわかる。そして、お弁当箱を開いた時の、あ、というこんな瞬間も俳句にしてしまう作者は今まさに、眼中のもの皆俳句、なのだろう。〈足元の草暮れてゆく端居かな〉〈万緑やきらりと窓の閉まりたる〉〈遥かなるところに我や蝉時雨〉。『封緘』(2015)所収。(今井肖子)


March 0132016

 今日はもう日差かへらず蕗の薹

                           藤井あかり

の薹は「フキノトウ」という植物ではなく、「蕗」のつぼみの部分。花が咲いたあと、地下茎から見慣れた蕗の葉が伸びる。土筆と杉菜のように地下茎でつながっている一族である。しかし、土筆が「つくしんぼ」の愛称を得ているような呼び名を持たないのは、そのあまりにも健気な形態にあるのだと思う。わずかな日差しを頼りに地表に身を寄せるように芽吹く蕗の薹。頭の上を通り過ぎた太陽の光りが、明日まで戻ることはないのは当然のことながら、なんとも切なく思えるのは、太陽に置いてきぼりにされたかのような健気な様子に心を打たれるからだろう。雪解けを待ちかねた春の使いは、今日も途方に暮れたように大地に色彩を灯している。本書の序句には石田郷子主宰の〈水仙や口ごたへして頼もしく〉が置かれる。師と弟子の風通しのよい関係がなんとも清々しい。『封緘』(2015)所収。(土肥あき子)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます