ホ也道q句

July 1972015

 毒死列島身悶えしつつ野辺の花

                           石牟礼道子

月12日の夜は、大分で地震がありました。今月に入って、根室で震度3、盛岡で震度5弱、栃木でも震度4など、列島は揺れています。これに加えて、口永良部島の噴火や、箱根、浅間山、昨年は木曽の御嶽山の惨事がありました。霧島では、火山性地震が急増している一方で、同じ鹿児島県の川内原発1号機では、原子炉に核燃料を搬入する作業が完了しました。他の誰でもない石牟礼道子氏が「毒死列島」という言葉を句にするとき、それは誇張ではない実質を伝えます。「身悶え」という言葉も同様に、日本人の営みは、この土地とじかにつながっていて、この土地の身内として自身の営みを続けてきた実感を伝えています。以下、句集の解説から、上野千鶴子氏との対話を抜粋します。「3.11のときに何を感じられたのですか。」「あとが大変だ、水俣のようになっていくに違いないって、すぐそう思いました。」「水俣と同じことが福島でも起こる、と。」「起こるでしょう。また棄てるのかと思いました。この国は塵芥のように人間を棄てる。役に立たなくなった人たちもまだ役に立つ人たちも、棄てることを最初から勘定に入れている。役に立たない人っていないですよね。ものは言えなくても、手がかなわなくても、そこにいるだけで人には意味がある。なのに『棄却』なんて言葉で、棄てるんです。」「人間がやることは、この先もあんまりよくなる可能性はないですか。」「あまりない。いや、いいこともあります。人間にも草にも花が咲く。徒花(あだばな)もありますけど。小さな雑草の花でもいいんです。花が咲く。花を咲かせて、自然に返って、次の世代に花の香りを残して。」『石牟礼道子全句集 泣きなが原』(2015)所収。(小笠原高志)


April 0642016

 さくらさくらわが不知火はひかり凪

                           石牟礼道子

知火海は熊本県と鹿児島県にまたがる八代海のことである。水俣病でよく知られた水俣湾は、不知火海の水俣市沿いを言う。桜が咲き乱れている季節である。光をいっぱいに受けている不知火の海面は凪で、いっそう光り輝いているのであろう。未曾有の工場排水によって、住民が長年苦しんだ惨い歴史をもつ海には、それでもこの季節にふさわしく、光を受けてウソのように何事もないかのごとく、静かに凪いだ水面が広がっている。道子は俳人ではないけれど、あの穴井太と出会って交流するなかで、1986年に句集『天』を刊行している。(原告とチッソが和解するのは10年後だった。)掲出句と、もう一句「祈るべき天とおもえど天の病む」を引用して、酒井佐忠は「彼女の心の底には、いつも桜花が春風に花びらを揺らすように、キラキラと水面を光り輝かせるかつての『不知火の海』がうごめいている」(「抒情文芸」157号)と評している。これら二句は『天』に収められたもの。『石牟礼道子全句集・泣きなが原』(2015)所収。(八木忠栄)




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